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国際革命文庫 19

藤原次郎経済論文集
上巻

電子化:TAMO2
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日本経済の危機と転換

目 次

ドル支配の崩壊と孤立を深める日本帝国主義の危機

   ドルの没落とスミソニアン「体制」の崩壊
   日本・米・EC―三極対立の激化と日本帝国主義の孤立
   円の切り上げは労働者・人民に何をもたらしたか
   構造的な円切り上げ体質と日帝の大衆収奪的性格
   極東の孤児、日帝のジレンマと労働者・人民の闘い

倒産の危機を迎えた「日本株式会社」
 ――高進するインフレのメカニズム

   第一章 高進するインフレと暴利むさぼる大資本
   第二章 高度成長を支えた「日本株式会社」のメカニズム
   第三章 日本資本主義の蓄積構造とインフレ体質
   第四章 高度成長の破産と労働者の課題

新たな段階にきた日本帝国主義のアジア侵略
 ――その現局面の特徴と日本資本主義のジレンマ――

   戦後日本資本主義の構造と矛盾
   輸出主導型への転換と海外侵出
   アジアにむけた帝国主義的海外侵出の強化
   七〇年代における侵出ラッシュと植民地支配の強化

日本経済の危機と転換
 ――「安定成長」路線は第二のドッヂプラン

   A、古典的恐慌の落ちこみに匹敵する戦後最大の不況
   B、今次(七四〜七五年)不況の経過
   C、今次(七四〜 七五年)不況の特徴
   D、景気回復過程の特徴
   E、高度成長の破産と転換期の構造
   F、「安定成長」への移行にともなうジレンマ
   G、「安定成長」路線とブルジョアジーの攻撃
   H、当面する経済展望

日本経済の深まる危機と「中間的調整期」のバランスシート
 ――修正を迫られた「産業構造の長期ビジョン」――

   一、中間的調整期=景気回復過程の特徴
   二、手直し迫られた「産業構造の長期ビジョン」
   三、産業再編成と輸送・流通合理化
   四、交通輸送体系のシステムチェンジと国鉄大合理化
   五、来るべき対決の環三里塚、国鉄合理化の位置

朴支配下の韓国経済と日韓一体化路線の矛盾
   ――脹れ上る帝国主義の出島的構造――

   一、朝鮮戦争によって決定された植民地的経済構造の原型
   二、分断された二重構造と脹れ上る出島的構造
   三、朴の二つの五ヶ年計画と日本帝国主義の侵略
   四、「国民経済」を侵蝕して拡大する輸出産業
   五、収奪される労働者・農民の実態
   六、日本帝国主義の海外侵略に対応した朴の重化学工業
   七、韓国経済の危機と労働者人民の闘い


ドル支配の崩壊と孤立を深める日本帝国主義の危機

いわゆる「スミソニアン体制」が、ドルの切下げとして終えんした時、こうした「通貨危機」が、日本資本主義の構造と深く結びついている事の指摘から、今日くり返される「円高」まで予見した論文である。
 一九七三年五月、「世界革命」紙二九九号に掲載された。

 今回のドルの大幅な切り下げに帰結した通貨危機が、ベトナム「和平」とほとんど同時にひきおこされたことは、もはやパックス・アメリカーナの戦後体制が、ドル危機とベトナム革命によって解体されたことを物語っている。国際帝国主義は、今後ますます対立と抗争を深めていく以外にない危機の局面に移行しつつある。このなかで円再切り上げを強制されている日本帝国主義はますます深い孤立のなかに追いこめられている。

ドルの没落とスミソニアン「体制」の崩壊

 一月末のベトナム「和平」協定成立直後から、西ヨーロッパ為替市場における投機筋のドル売りがはじまった。それは日をおって激しさを増し、二月二、三日頃から約二週間にわたって空前のドル売り=マルク買いがつづき、信用の低下しているポンドへの投機にまでおよんだあげく、二月一〇日の東京を皮切りに、先進諸国は相ついで外国為替市場の閉鎖に追いこまれた。
 こうしてついに、二月一三日、ドルの一〇%切下げを含む、国際通貨体系の全面的な再編を余儀なくされた。一昨年一二月にドル危機収拾策として国際的に合意をみた「スミソニアン体制」が、たんなる一時的つくろいにすぎなかったことが早くも実証されたのである。
 もともと、スミソニアン体制と呼ばれたものは、「史上はじめて――各国が話し合いで通貨の交換比率を決定した」と、その当時賛美されたものとは全く逆に、国際通貨体制はそのときから、もはや安定した中心通貨を失ってしまったということでしかなかったのである。
 戦後の国際通貨体制=IMF体制は、もともと山国の通貨にすぎないドルが、金に代って各国平価の基準になってきたという、それ自体アブノーマルな体制であった。しかしそれでもなお、そのドルは相手国の通貨当局の要請があればいつでも金と交換可能であるという保障によって支えられていた。
 ところが、七一年八月一五日のニクソン声明以後、基軸通貨であるドルは金との交換性を欠いたまま、スミソニアンの合意の際にも回復されなかった。従って「スミソニアン体制」とは、金との交換性を保障されていないドルを基軸にして、他の国々のドルに対する政治的信認にだけ基礎を置いて成立した合意であり、妥協の体制にすきなかった。その意味では、今回のように絶えず、くり返し通貨調整に追い込まれ、手直しをつづけていかざるをえない体制が、スミソニアン体制だと言ってもよいのである。というより、はじめから何か安定した「体制」などではなかったのだ。実際スミソニアン合意から一月もたたないうちに、すでにドル売りがはじまり、半年後の七二年六月には、主要通貨の一つであるポンドが変動相場制に移行し、早くもその一角が崩れていたのである。今回の通貨危機の直接のきっかけが、イタリア・リラの二重市場制採用とスイス・フランの変動制移行にあったとしても、基本的には完全に信用の低下してしまったドルの過剰に根本的な原因がある。しかしもはやそのドルの地位と信用は二度とふたたびそれ自身の経済力の回復によって持直す展望をもっていない。
 このドルの没落がどんなにすさまじいものであるかは、アメリカ帝国主義が、世界史上最も強力な軍隊と近代兵器と経済力を全力投入して、東南アジアの半島の片隅のジャングルとデルタの中ではだしと素手に近い武器をもって闘いぬいたベトナム人民の前に完敗した事実のうちに最もよく象徴されている。

日本・米・EC――三極対立の激化と日本帝国主義の孤立

 ドルの大巾な切り下げに帰結した今回の通貨危機がベトナム「和平」とほとんど同時にひきおこされたことは、もはやバックス・アメリカーナの戦後体制が、ドル危機とベトナム革命によって解体されたことを物語っている。世界経済と政治は、全体としてポスト・ベトナム、ポスト・ドルへの、明らかに歴史的な一時期を画す局面に移行した。しかもそこでは、国際経済ははじめから金という羅針盤を失ったまま、対立の激化にむかってただよいはじめていると言ってよい。世界経済の統一性をかろうじて保っているものが政治的「協調」である以上、この「協調」はそれ自身のうちに利害の対立を含み、容易に露骨な「闘争」に転化する。現に今回の通貨危機をめぐって、米・ヨーロッパ・日本の対立が鮮明に浮彫りにされたし、ヨーロッパのイニシアをめぐる英・仏・独の対立さえもが影を落したのであった。
 そもそも今回の通貨危機をひきおこした投機筋の主役は、米系資本の銀行・会社筋であり(これはアメリカ政府もコントロールできない)「ニクソンがそれをけしかけた」といわれるほど、アメリカはマルクを変動相場制に追いこみ、ECの保護的な「共通農業政策」の厚い壁に風穴をあげ、そこに食い込み、さらにECの保護貿易緩和の収穫をあげることに利益を見出していた。円に対するアタックは、マルクへの圧力をとおして可能であるとみていた。西独政府が今回のドル売りに真向から立ち向って、為替管理を強化しつつ、六〇億ドルものドルを買い支えて現平価を維持したのは、国内政策を優先させ黒字国に犠牲をしわ寄せしようとするアメリカに真向から対抗したものであり、欧州通貨統合にむかう第一歩である欧州通貨基金の四月一日発足を前にして、EC内部のイニンアを失いたくないという政治的利害がからんでいたからである。
 他方日本は、アメリカ市場からますますしめ出されていくなかにあって、拡大ECに輸出を伸ばすことに力を傾けてきた。それ故、拡大ECおよびこれら諸国と結びついて地中海沿岸諸国との特恵協定に重大な恐威を抱かざるをえない。
 この点で日本は拡大ECに対して、アメリカと同じ利害とおそれを共有している。しかし日本がアメリカと共同してこのECブロックを食い破ろうとするには、日米間の経済的対立のほうが険悪にすぎた。むしろ米国と拡大ECとが協調して日本の対米大巾出超の是正を中心に共同歩調をとる可能性の方がはるかに大きかった。現実にニクソンもECをうまく抑えて日本を孤立させ、通商面における大巾な譲歩をひき出しつつ、軍事・経済的負担を肩代りさせる方向でイニシアをとった。
 今回の最終的合意であるドルの一〇%切下げは、マルクが追随して切上げもしなくてすむ水準をもとにしたもので、「平価変更をしない」姿勢を貫いたプラント政権の政治生命を救う一方、実質的なマルク切上げを実現したのである。それと同時にニクソンは金価格引き上げ=ドル切下げを主張しつづけたフランスに応えてヨーロッパ全体をうまく抑え、米・ECの対日共同戦線のイニシアをとった。こうして、日本は厳しい輸出環境のなかでますます深い孤立を強いられることになった。
 だがもちろん日本だけを孤立させて、あとはすべてうまく納ったというわけではない。スミソニアン会議以来、一時的合意をみているのは通貨問題だけであり、通商問題は全く別個に残されたまま、ニクソンはドルの力が衰退した分だけ一層狂暴にEC、とりわけ日本に通商面での攻撃をかけてこようとしている。またドルの一〇%切下げに対して、マルクもフランも追随しないとはいうもののドルに対して切上げられたのは事実だし、とくに、フランスの国際競争力からすればドルの切下げは五%程度だとみられていたのであり、一〇%のドルの切下げはフランスにとってかなりの痛手を残すものであった。また六○億ドル以上のドルを買い支えた西ドイツは拡大ECの共通目標であるインフレ抑制とは逆にインフレ促進要因をもたらすことになり、西独の国内経済だけでなくEC全体の通貨統合にむけた歩みにブレーキをかけることになった。
 明らかに資本主義経済は対立の激化を顕在化させつつ、衰退と崩壊への斜面を急速に転がりはじめたのである。

円の切上げは労働者・人民に何をもたらしたか

 ドルの大巾な切下げを断行したニクソンは、中・ソの平和共存路線との協調をはかりつつ、経済的・軍事的負担を日本とヨーロッパに肩代りさせ、経済上の回復力に全力を傾ける方向で極めて強引なイニシアチブをとった。それはドルの没落が激しいだけに、より一層狂暴性を帯びている。そしてそれは結局のところ誰にむけられていくのかということをわれわれははっきりと暴露しなければならない。数ヵ月の通貨調整というこの「安定化」のための不安定な策略は、いつでも多くの植民地・半植民地の経済を切り捨て、「インフレと闘う」ためのコストを労働者・人民に支払わせようとするものであった。
 そもそもIMFの加盟国三〇数ヵ国のうち、先進一〇ヵ国を除けばあとはすべて後進国である。そして、これら後進諸国こそ通貨の混乱に際して常に一番大きな打撃をこうむってきた。ところがこの百ヵ国以上の国の経済がわずか一〇ヵ国の、今回の場合はほとんど五ヵ国の略奪的帝国主義によって左右され、その犠牲を全く一方的にしわ寄せされているのである。
 そのことはまた、この一年間円切上げの結果が労働者・人民に何をもたらしたかをふりかえってみるだけで、より一層明白である。
 昨年夏のニクソンショック以来円切上げ不安から、輸出前受け金などの形をとった投機的ドルがどっと流入し、政府はそれをせっせと買い支えた。その結果銀行・大手商社や大企業のふところに円がダブついた。この外為会計の支払い超過分は七一年の一年間だけで四兆三五〇〇億円を上回る膨大なものであり、七二年六月のポンド危機から一一月末まででさらに二兆円にのぼるといわれている。このような巨額のカネが企業の手元に流れこみ、このカネが土地投機や株式投機にむけられ、土地価格と株の暴騰をまねき、すさまじいインフレを促進したのである。本来なら土地が創造した信用が設備投資に廻されるのが普通なのだが、高度成長の行詰りと円切上げ後の超金融緩和のなかで、製造業などの一般企業が土地投機にむかい、不動産やレジャー、ゴルフといった子会社を設立して土地を買いあさった。
 一例をあげれば、九ヵ所しかゴルフ場のなかった福島県に、たった一年の内に四〇ヵ所もゴルフ場予定地が増えた。円切上げ以来土地買いあさりのために福島県に流れこんだ金だけで百億円を下らないといわれる。そして七二年初めこれには一〇アール(約一反歩)六万円程度だった土地が、百万円にも急騰しているという。この一年のあいだに大都市周辺部を中心に地価は二〇チ四〇%の値上り(全国平均二一%)を示した。
 こうして、全国でほぼ神奈川県の面積に匹敵する二五万ヘクタールが大手不動産業者や大企業によって買い占められた! とくに日本列島改造プランの中にあったむつ小川原、志布志など大規模工業基地の予定地では、開発計画が住民に知らされる以前に、すでに業者の先行買いが行なわれていたという。
 例えば、三井不動産直系の「内外不動産」は、すでに六九年頃からむつ小川原地区の土地買占めに乗り出しており、七二年七月までのわずか三年間に四〇万アールの土地を買い占めた。この間土地価格は、業者が買った価格一〇アール(約一反歩)三万円が、今日は五〇〜七〇万、場所によっては一〇〇万円に値上りしているといわれる。さらにこのようなすさまじい土地投機が進行しているなかで、不動産業者・建設・私鉄・デパートなど土地関連業種への融資が七二年七月から一年間に二兆二〇〇〇億円(前年比五〇%増)も行なわれている。
 こうして、七一年度末の東京証券市場一部・二部上場一三〇〇社について調査された結果をみると、所有株式について――帳簿上の価格八兆一五一九億円が、時価一一兆三二九一億円に、従ってその含み評価益五兆一七七二億円。
 所有土地では――帳簿上の価格二兆八九五八億円が、時価六一兆七三〇七億円で、含み評価益五八兆八三四九億円!(大型モ算といわれる今年度国家予算のなんと四倍強である)
 しかも七二年度の地価暴騰分や、系列子会社を通じて保有している土地については計算に入ってないのであるから、これを計算に入れるとその数字はさらに膨大なものになる。
 このようにして円切上げを利用した文字通りの“暴利”を独占した企業は、他方では「円切上げ不況」の宣伝のなかで、賃上げの抑制・首切り・中小企業の切り捨てを断行してきた。ニクソン声明によるドルショックから二ヵ月もたたないあいだに、日立製作所の三五〇〇人の採用取消しをはじめ、新日鉄、東芝等の電機、鉄鋼、機械などの大手を含めて、労働省の調査の網にかかったものだけで一一三事業所二万人近い採用取消しが出された。さらにこのほかにも、肥料メーカーではトップの三井東圧化学の一五〇〇人の首切り配転、三菱金属の一〇〇○人をはじめあらゆる部門で首切りが行なわれた。そしてまた七一年暮のボーナスが例年の二〇%アップにくらべ五%レベルに抑えられたのをはじめ、七二年春闘にでその賃上げ抑制の口実に使われたのが、「円切り不況、輸出がた落ち」といった騒々しい宣伝と「来年度の輸出は一〇%も伸びれば上出来だ。全体として輸出は二○〜二五億ドル減少する」といったまことしやかな予測であった。
 ところが実際には輸出は減らないどころか、逆に大きく伸びた。円切り上げの一年間の輸出ベースは月平均二五億ドル、前年の二〇%増というモーレツぶりで、輸出認証額は前年の二五三億ドルを大きく上廻って三〇〇億ドルに達して、こうしてほとんどの大手企業が売上げ、利益ともに大きな伸びを示したが、その裏にあるのは輸出価格へのしわ寄せである。一例をあげると、一九型コンソールカラーテレビで、工場原価を一〇〇として、対米輸出価格一三四・八、国内価格四一二・五と、なんと三倍以上である。一五〇〇?乗用車で、工場原価一〇〇として輸出価格一二〇、国内価格二八〇と二倍以上である。
 このような巧妙なしくみのもとで円の切上げがもたらす輸入価格の低下も、すべて企業が吸いとってしまった。「円」のドルに対する交換比率が上がることによって自動的に海外からの輸入価格が下がる。だから安くなった海外商品がどっと国内に流れ込み、それがやがては国内の物価も引下げる」といった作用は、消費者物価にはなんの影響ももたらさなかったばかりかむしろインフレが昂進した。
 つい最近、「庶民」の台所と直結したところで豆腐の異常な値上りが問題になったが、原料大豆の九割以上を輸入に頼っている味曽、しよう油、豆腐、食用油などは、円切上げに加えて、七二年四月には関税も撤廃され、少なくとも輸入価格は二二%ほど下がった。ところが製品価格には全く影響していないどころか、逆に値上りしているのである。また製粉業界の原料小麦も九割以上を輸入に頼っており、七二年六月には約三%に引下げが決まった。これによる業界の利益は四五億円にのぼるといわれるがこれも全く消費物価には反映されていない。その舞台裏の一角では「ある食品メーカー=七一年九月期の経常利益一億七〇〇○万円が七二年九月期には四億六〇〇〇万円にはね上がっている。その理由は円切上げによる輸入原材料の価格低下による」(毎日)ということになっている。
 他方巨大独占の代表である鉄鋼でも、鉄鉱石や燃料炭輸入価格の低下を値下げに転化させるどころか、不況カルテルを利用して逆に値上げを断行した。しかも公正(?)取引委員会は、卸売物価上昇のなかでこれを承認している。
 このようにみてくると佐藤や田中の―自民党の―「政治」が大企業のための、労働者・人民に対するケタはずれのサギ行為以外のなにものでもないことが明白である。

構造的な円切上げ体質と日帝の大衆収奪的性格

 この極めて露骨な政府による企業利益の保護、「日本株式会社」といわれるほどの企業と国家の癒着にもとづいた大衆収奪的性格。これこそ、ますますその基礎が崩壊していく不安定な国際通貨体制のなかで、くり返し、「円の切り上げ」と市場問題の壁にぶち当らざるをえない日本資本主義の体質なのである。とくに六〇年代以降の高度経済成長のなかで、あくなき大衆収奪とヘドロの推積の上につくりあげた高投資――高成長――高輸出のパターンは、一つの産業肥大症として構造化されてしまった。ますます激化する通商戦争のなかで世界市場から閉め出され、孤立を深めていく日本帝国主義の危機は、政策的な危機ではなく明らかに構造的な危機である。
 戦後の日本帝国主義は、沖縄・南部朝鮮・台湾における植民地的犠牲のしわ寄せと、アメリカ帝国主義のドルと核の傘に庇護された温室のなかでひたすら「エコノミック・アニマル」としてあくなき利潤の追求をつづけてきた。この戦後構造のなかで、国家はその政治的・経済的な総力を企業保護に傾けることができた。この「日本株式会社」といわれる国家と企業のアメーバ的(というのは自由自在の)癒着は、輸入割当制や保護関税によって国内市場を確保し、税制上・金融上の優偶措置と雁六な財政投融資によって、全く不当に企業の利益だけを保護してきた。
 そしてそのための資金――日本資本主義の高い投資率を支えてきた資金は、すべて労働者・農民からさまざまな形で収奪したものが充当されているのである。それは労働者・農民から収奪した税金だけではない。労働者・農民の預金・各種年金・保険制度をとおして積み立てられた(大衆収奪した!)資金までも基礎につくり出された信用の膨張によって保障されているのである。
 たとえば、日本の年金制度は年に月給の六・四%を二五年以上積み立てた人が老後にそれを引出すという「積み立て方式」であるがヨーロッパでは現在積み立てられている金で現在の老人を保障するという「賦課方式」がとられている。いま七〇年度の厚生年金を例にとると保険料収入七、四七九億円で、このうち保険給付として支払った金額は一、五四五億円で、その差六、〇〇〇億円。日本の「積み立て方式」のもとではこれが基金として積み立てられ、財政投融資の重要な資金源に当てられている。この額は国民年金と厚生年金と合わせて現在七兆八、〇〇〇億円という巨額な水準に達している。これがすべて企業の投資資金として使われているのである。
 これに対して賦課税方式をとれば、今年度の収入を現在の老人に給付するのであるから、現在の支給額の四倍を支給しても六、一一〇〇億円弱で、なお一、〇〇〇億円が残る。この方式に転じさえすれば(同じヨーロッパの帝国主義諸国でさえこの方式をとっている)何ら働く人間の負担を増すことなしに、月五万円の保障をいま、ただちに実施できるのである。ところが「五万円年金の実現」を大げさに宣伝した今年度予算でも、この点の制度的改革については指一本ふれることなしに(そんなことに手をつけたら日本資本主義が崩壊する!?)逆に健康保険料の値上げが織りこまれている。
 これにまた「福祉予算」だとか「社会資本の充実」だとかを謳い文句にしていながら公共事業費の内訳はあいかわらす産業基盤の整備に当てられている。
 今年度一般会計の公共事業費は二兆八、四〇七億円であるか、そのうち道路整備費、港湾、空港等に一兆二、七三四億円、住宅が二、〇三四億円、上下水道・公園など生活環境施設整備が二、二六一億円と、公共事業費総額のうち産業基盤整備にふりむけられるのがなんと六五・五%で、生活関連施設は一六・七%にすぎない。
 この先進資本主義のなかでは例をみない“社会保障ダンピング”こそ、高度経済成長を保障してきた重要な要因である。この社会保障の切り捨てがつくり出した老後の不安 不時の不安に備えるための犠牲を、すべて労農人民の個々人・家族にしわ寄せし、その血と汗のなかからにじみ出るようにして貯えられた資金を国家的規模でかき集め、それにもとづいた信用創造をとおして、大企業への低利な融資がまかなわれてきたのである。これこそ欧米資本主義の内部留保にもとづく直接金融方式とは異なった、日本資本主義を特徴づける間接金融方式H借金政策の内実にほかならない。これが日本資本主義の異常な高成長を保障してきた金融上のからくりである。
 このように企業がその資金調達を、ほとんど外部からの借り入れによってまかなってきたということは、力量以上の資本投下を保障するだけでなく、ひきつづく物価上昇、就中地価の高騰のもとで借り入れ資本による資金調達を一層有利なものにするのである。かくして日本資本主義のこの大衆的性格は他方で金融資本による寄生的支配をより一層強化することになる。したがってこの金融資本の強大な支配のもとで、どの企業も固定化してしまった金利の支払いのために、操業度を一定水準以下に引き下げることができないという矛盾にとらえられてしまった。こうして外部資金の導入――技術革新――高操業度の維持が、企業にとっての至上命令となった。つまり「高度経済成長」は、日本資本主義にとりついた一つの水ぶくれの病いであり、自転車操業でフル回転しつづけなければやってゆけないぜい弱さの表現である。
 だが、この高い操業度を維持することは、労働者にとっては長時間労働と労働強化以外のなにものでもないし、またこの特殊な金融上のからくりを、底面で支えているのが周知の低賃金構造である。それも欧米資本主義にくらべての低賃金(ちなみに、アメリカの鉄鋼は鉄一トン当り八三ドルの人件費に対して、日本はわずか二〇ドルである)といった低賃金一般ではなく、実に複雑巧妙な低賃金の重層構造によって支えられているのである。下請制度と重なる準社員、見習工、社外工、臨時工、パート・タイマーといった形の日本資本主義をその底辺で支える複雑な階層序列。その実態は一例をあげれば「新日鉄の下請工(三六)は、基準内賃金四万五、〇〇〇円弱に三万七、〇〇〇円強をつけ加えるために、四〇・五時間の残業、三四時間の深夜業、二二時間の休日出勤をする。別の労働者(三〇)は、基準内賃金三万三、〇〇〇円強に約三万円を加えるために、六〇・五時間の残業、八五時間の深夜業、八時間の休日出勤に耐えている」という状態である。そしてこの激しい残業と主婦の就業を不可避にする低賃金構造は、さまざまなバリエーションをともなって、さらに下方にむかって拡がっていくのである。
 さらに、これに加えて、この間の高度成長がもたらした過密.過疎と公害のタレ流し、過密都市のなかの住宅・交通事情の劣悪さ、そしてものすごいインフレの昂進するなかで毎日、毎日下落していくわれわれにとっての「円」の強さ?」!

極東の孤児、日帝のジレンマと労働者・人民の闘い

 このすさまじい大衆収奪と差別的低賃金構造を基礎にして、日本帝国主義は一九六〇年代後半にものすごい高成長をとげると同時に重化学工業を主軸とする産業構造の転換をなしとげた。GNP(国民総生産)は六一年に五〇〇億ドルを超え、六六年には一、〇〇〇億トルを超え、七〇年には二、〇〇〇億ドル=七二兆円を超えて、アメリカ・ソ連につぐ世界第三位になった。毎年一〇%を上回る成長率のもとで、四年間に二倍、九年間に四倍強の成長をとげたのてある。この間、産業構造の上では重化学工業化が進み、重化学工業化率は六〇年の四九%に対して、七〇年には六〇・七%に達し、製造業に占める重化学工業生産額の比率は七五%を占めるにいたった。
 こうして、六〇年代後半から、重化学工業を中心に、日本帝国主義の世界市場へのモーレツなアタックが開始された。
 工業製品の輸出総額は六〇年の三六億ドル、六五年の七八億ドルから、七一年には二二〇億ドルに飛躍的な増加を示している。そのうち重化学工業品は毎年二五〜三〇%近い増加率(三、四年毎に倍増)を示し、七一年には総輸出のほぼ七五%を占めるにいたった。しかも七一年の鉱工業生産の最終需要に対する依存度のうち輸出の占める割合いが寄与率五七・一%にもおよんている。
 今回の通貨危機をめぐって顕在化した日・米・EC間の通商戦争の激化と日本の孤立化にむけた対外的圧力をあびなから、日本帝国主義は今後ますます外にむかって進出していかざるをえない内的圧力にもさらされているのである。
 しかも「高度成長」の過程で産業肥大症ともいうべき歪みを体質化させてしまった日本経済は、円切上げ後もなお予想を上回って一〇%の成長率を維持したし、今回の円再切上げによっても、この成長率は低下しないと政府自ら豪語している。もしそうだとすると七一年に二、〇〇〇億ドルに達したGNPは七五年には、四、〇〇〇億ドルにものぼる見通しである。
 商品輸出一〇%、資本輸出一%、軍事費ほぼ一%という今日の比率で計算しても、七五年には、GNP四、〇〇〇億ドル、商品輸出四〇〇億ドル、軍事費四〇億ドルというケタはずれなものになる。そのうえ輸出先をアメリカ市場に依存した従来の輸出構造は決定的な転換を迫られている。
 ニクソンはECと共同して日本を孤立に追い込み大巾な円再切上げを迫ったうえに、通商面でもそれに強引な攻勢をかけ、輸入課徴金の差別的適用をはじめ、日本に対する保護貿易政策を強化しようとしている。こうして日本帝国主義は制約を加えられれば、加えられるほど、東南アジアその他への海外資本投下に吐けロをもとめ、そこから現地のみならずアメリカ・EC市場へナグリこみをかける以外にないところへ追いこまれている。七一年三月末の指標で、日本の海外直接投資残高は約三六億ドルである。規模のうえではアメリカやイギリスにくらべて立ち遅れているが、伸び率ではこの五年間の平均で三一%と西ドイツの二三・三%を抜いてトップに立っている。最近激しい反日運動を展開したタイについてみると、日本企業のタイへの合併企業設立を目的とする投資件数は六五〜七〇で七一件に達し、投資残高は六九年末でアメリカの二倍という急上昇ぶりを示している。タイにはんらんする日本商品は六〇年代末で、化学繊維ほぼ一〇〇%、オートバイ九〇%以上、ガラス八〇%、自動車が五〇%以上――といった状態である。
 そしてもちろんこれはタイだけに限ったことではない。世界中いたるところにこの調子で前後の見境いなく進出し、ガメツクかせぎまくってきたのが日本帝国主義の象徴的な姿であった。だがまさにそのことによって、今日、いたるところで排せきされ、ますます深い孤立の中に閉じこれられているのである。タイの反日運動だけでなく、ニクソンの新通商法案による攻撃だけでなく、ベネルクス三国の政府ガードの適用だけでなく……。
 だがそれにもかかわらず、日本帝国主義の直面している危機が、政策的な危機ではなく資本主義体制そのものに根ざす構造的な危機である以上、この体制を根底から打倒しないかぎり、孤立する度合が深い分だけ、より狂暴に極東・東南アジアにむかって輸出シェアを拡大し、資本投下をすすめていく以外のコースは残されていない。そして資本投下が全面的に加速されるに伴って、おびただしい公害がアジア全域に輸出され、差別構造が深化され、政治的発言と「指導」が強化されていくのは必至である。タイにはすでに常時一万人の商社マンが滞在し、「韓」国では社会上層部における日本語の使用が半ば強制されているという! そして五兆円に近い予算の四次防によって飛躍的に強化される軍事力!
 しかしすでにみてきたような、対外的進出を加速させ、それを支えるものは、国内における徹底した大衆収奪のより一肩の拡大と棄民の累積、差別構造の再生産と暴力的人民支配の強化でしかないのである。だがもはやそれは日本の労働者・人民の「許容」限度をはるかにこえている。この高度経済成長のなかでつくり出されてきた都市の過密・公害・物価等の社会的矛盾は、いまや地域住民闘争の全国的な激化として爆発しつつあるだけでなく、ブルジョア経済の効率そのものを脅かすほどにまで化膿してしまった。とくにますます過密化する都市は、住宅難の激化、通勤難の増大、インフレの昂進と公害の深刻化するなかで文字通り崩壊しはじめている。
 いま簡単な数字をあげてみると――東京圏(東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県)中京圏(愛知県、三重県、岐阜県)大阪圏(大阪府、京都府、兵庫県)――この三大都市圏の森林などを除いた人の住める平地面積(可住面積)は全国の一七・二%である。ところがここに全人口の四一・五%、世帯数で四九・二%が集中している。そして従業員二〇名以上の工場の半分以上(五二%)が集中し、工場出荷額の六二%を占めている。また自動車保有台数が四六・四%、従って(?)交通事件発生件数も四三%にのぼっている。七一年の公害陳情件数六万三、四〇〇件の六四・二%とほとんどすべてが全体の半分を占めている。
 農村部を含めた全国可住地面積一平方キロあたりの人口密度は、西ドイツの二倍、アメリカの一六倍、自動車保有台数でアメリカの五倍というから、(ところが、単位面積あたりのGNPはイギリスの四倍、西ドイツの二倍、アメリカの一〇倍)都市部の過密状況を比較したらもっともすさまじい較差となって表れるにちがいない。
 日本帝国主義の「円切上げ体質」のもとでは、「列島改造」プランをもってしても、この過密の傾向にブレーキをかけることはできないのである。
 こういう状況のなかで、一人あたりの社会保障所得は、西ドイツの約九万九、〇〇〇円、フランスの一三万円に対して、日本は一万八、〇〇〇円ちょっとでほとんど五分の一以下である。ところが消費者物価は(六三年を一〇〇として)ひどいインフレに悩んでいるといわれる西ドイツの一二七、フランスの一三九とくらべて、日本はなんと一六三。(しかもこの間の卸売物価や土地・株価の急騰しはじめる以前の数字である)
 道路舗装率はイギリスの一〇〇%、西ドイツの約六四%にくらべて日本はなんと九%、排水人口に対する下水道普及率は、イギリスの九〇%、西ドイツの六三%にくらべてわずか一七%……。
 さらに、公害陳情件数が六六年の二五、〇〇〇件から、七〇年の六三、〇〇〇件へと四年間で三倍にも急増していることが示すように、このヒズミの大きさは、ものすごいテンポでますます拡大しているのである。
 しかもここに並べた数字はすべて、政府統計によるものであって労働者・人民が実際にこうむっている収奪のすさまじさは、こんな数字をはるかに上回るだろう。
 そしてゴミの捨て場もない過密とヘドロの堆積、有機水銀やシアン等の猛毒による海と大気の汚染については、もはやどんな数字をもってしてもとらえつくせないほど深刻である。
 だがいま、この文字通りの「人間廃棄列島」の上で水ぶくれしてきた日本帝国主義に対する反乱があらゆる階層の中から、そして全国いたるところの地域住民の闘争として、開始され、拡大しはじめている。
 この全人民の急進化は昨年の選挙による社・共の伸長のうちに、極めて控え目に反映された。「控え目」にというのは社・共両党がこのどうしようもない社会的矛盾と危機を根本的に解決しうる党として、現に闘っている労働者・人民の票を吸収したわけではないからである。
 むしろこれまでブルジョア政治の腐敗に対して無自覚であった層までもが、なんらかの形でこの社会の「革新」を「代行者」に期待しはじめたことの表現であっただろう。
 実際、沖縄、砂川、三里塚、北富士の闘争、部落解放闘争、地域住民闘争が真向から権力と実力で衝突しはじめるようなところでは社会党も共産党も必ずこの闘争と敵対してきたのであった。その点では、社・共両党は「闘う党」として存在し、その支持を拡大しているのではなく、日本帝国主義の危機と崩壊が生み出した社会的矛盾そのものに、ただ存在理由を見出しているにすぎない。従って、彼らはこの社会を根底から覆すことはない「闘い方」でこの社会的矛盾をなくそうとする枠を一歩も越えようとしない。そのために彼らは「国民経済の救済」という土俵のうえで、賃金闘争、物価闘争、土地問題、沖縄 基地闘争、公害闘争の一つ一つをバラバラに切離して取りあげることによって、そのすべての闘いを改良主義の溝に流し込んでしまう。
 だがわれわれは、これらの闘争を一つに結びつけ、国家権力との対決を大胆に準備する闘争の組織化を急がなければならない。

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