四トロ同窓会二次会 1999年12月12日〜14日

RED MOLE PARTY/THE FOURTH INTERNATIONAL FAN CLUB

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12・14小和田邸突撃ウォッチングレポート 投稿者:ザーカイ  投稿日:12月14日(火)22時58分17秒

 ちょうど営業で、目黒区に立ち寄ったので、お昼休みを活用して皇太
子妃・雅子はんの実家「小和田邸」に突撃!!東急目蒲線洗足駅で下車。
改札は一つしかなく、左に曲がり、洗足いちょう通り沿いを直進。しかし、
場所がわからないため、お店で「あのぉ〜、今話題のスポットはどこで
すか?」と革命的小声で、聞きこみ。直進し、「こんな住宅街に八百屋が
あがるの?」ってところで右折。そしてすぐ左折。と、「御懐妊(誤解人?)」
祝賀ムードに沸いていない商店街で、確認することに成功した。

 駅から徒歩10分。ついに、帝国主義の手先小和田亘邸に到着。マス
コミの脚立はあるも、取材人は一人しか居らず、我々と志を同じくする野
次馬オバタリアンが2名いるだけ。常駐警備の警察官に睨まれながら、
高らかに「祝賀ムード粉砕!」のシュプレッヒコールを上げようとした瞬間、
「あの〜写真とってくれませんか?」の声が例のオバタリアン同志からか
かった。
 同志からの緊急動議に民主的に対処すべく、シュプレッヒコールはあ
きらめ、にこやかにカメラを取り、「ハイ、チーズ!」と記念撮影に協力した。
 オバさんがいうには、昨日(12・13)は野次馬・マスコミ陣で盛りあがって
いたとのこと。しかし、今日は、発表が先送りになったんで、盛り上がりが
おさまったということ。

 以上、敵に最も近づく事に大成功した旨、レッドモール党に報告いたし
ます。

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Re:小林よしのり 投稿者:まっぺん  投稿日:12月14日(火)22時50分02秒

ときたま思い出して亀レスするやつです。

入谷さん。
小林よしのり(通称よしりん)は、ここ数年すっかり右翼のおともだちと
仲良くなってしまい、「ゴーマニズム宣言」とか「戦争論」などという、
まんがにしては文字がぎっしりつまった本を書きまくっています。

「脱イデオロギー」などと言いながら、“左翼イデオロギー”どころか
フツーの反戦気分にまで、右側の立場から敵対するに至っています。
だから「逆説的表現が誤解されている」のではなく、もろに右の思想が
はいっています。“確信犯”です。

あれに対抗する魅力ある“サヨクまんが”描く人いないんかなー。
注:「はだしのゲン」は思想はともかく、感触的に好きではありません。

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1/5「大電波祭」 投稿者:いずみ  投稿日:12月14日(火)17時45分21秒

#「空気」が読めない人に説明するのは疲れますよねぇ。(謎)

まっぺんさんから宣伝が要請されたのですが^^;;、実はまだあまり決まって
ません。

日記にも書いたのですが、今回のこのイベント、主催者さんといずみとの間
で意志疎通がうまく行っていなくって(笑)、先週末からやっと同期が取れ始
めた状態なのです。

#プラスワンの告知に勝手に本名まで出されちゃたまらんですよ(泣)

なお、いずみは前回の電波祭では客として楽しませていただいたのですが、
そのときは、告知ページが「ワルノリしすぎだ」ということで、一部の同志
がマル共連で結集拒否を表明するなどのハプニングもありましたけど(笑)、
実際の内容はそれよりはまじめでした^^;;(他のオタク弾劾系内容も含めて)

主催者サイドに「元主義者」があまりいなさそう(今回のいずみは除いて)
なのが原因なのかも知れませんが...>「ワルノリと見える」
(本名出しちゃうのも、その種の「皮膚感覚」がそもそも希薄だからだと
思うんですよね)

ともかく、やる以上はそれなりのネタ(「いずみちゃんナイト」ですらしゃ
べりづらいネタも含めて(笑))は考えてはいます。

↓勝手に「いずみちゃんナイト」にされてしまった(笑)告知ページ

http://uwasa.pos.to/uske/

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ちなみに 投稿者:chunta  投稿日:12月14日(火)15時53分37秒

私の目的は、「フォードシステムの利用」という安直な俗論を排す
と言うことにあるわけですから、「社会主義的労働の組織」と言う話を
持ち出されても回答はできません。まあ、そんな事が簡単に回答が
できるのであれば苦労はしないでしょう。

それにしても、「資本主義の否定」といったときに「貨幣」「市場」の
完全なる否定には、直接結びつかないでしょう?
つまり、市場を利用するからといって、それが資本主義の利用となるかというと
そういうわけではないでしょう?
話はそれと同じ事なのですが、どうやらその点が理解されていないようです。
対象が対象だけにしょうがないのでしょうか?

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概念の把握について 投稿者:chunta  投稿日:12月14日(火)15時40分15秒

私が最初に断っておいた事なのですが、私は「フォードシステム」と言う概念を
かなり狭く取っています。実際にフォード社で行われていた労働過程の管理システム
について限定しているわけです。
ですからそのようなシステムそのものが、利用不可能である、と主張しているわけです。
逆に言えば、個々の要素を分断して取り出して検討しているわけではないのです。
例えばベルトコンベアに話を絞ってみましょう。
ベルトコンベアは、確かにフォードシステムにおいて重要な意味を持っていました。
しかしながらそれゆえに、ベルトコンベアを見ればすべてをフォーディズムである、
と考えることは正しいと言えるのでしょうか?
その点に関して、理解が別れているのです。
私は、フォードシステム下における意味合いを持ったベルトコンベアの使用でなければ
わざわざ「フォードシステムの利用」などという言葉をつける必要がない、
と考えています。実に簡単な話ですが、ただそれだけのことなのです。
ベルトコンベアを使う、別によろしいでしょう。しかしそれならば、そのまま言えば
よいわけであって、単にベルトコンベアを使うという話に、フォードシステムの利用
などとはいえない、と言うのが私の主張なのです。
単に個々の要素を使いたいのならばそう言えばよい訳であって、そこにフォードシステム
の利用などという言葉はそもそも必要ないと言うことです。
それを、ベルトコンベアも分業・協業も、機械化や生産性の向上も何もかもみな
「フォーディズム」という言葉ですべて代表させているから
私との食い違いが出てくるのは当然のことなのです。
わかっているならば、といわれるかもしれませんが、私は自分の立場をあらかじめ表明
していたわけで、むしろトロスキーさんがフォードシステムについての
自分なりの概念把握をはっきりとさせるべきなのです。
彼の主張は私の主張にあわせるような形で行われている為に
体系的な把握をすることが困難です。その上、話がやたらと広くなったりしますから
非常に概念としてはあいまいなものといわざるをえないでしょう。
それが話が繰り返され長引くことになった一因です。
そもそも概念把握の立脚点が違うわけですから、その点と突き合わせないと
なんともならないのは当然です。
むしろ、私としては「フォードシステム」の否定が分業・協業の否定であり
生産性の向上の否定であり、ベルトコンベアや機械化の否定である
という結論に何故至るのかを教えてほしいものです。

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2000年1月5日、新宿ロフトへ! 投稿者:まっぺん  投稿日:12月14日(火)14時07分46秒

いずみさん、ぜしぜし「電波祭」の宣伝を!

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他に場所がないですからねぇ。 投稿者:いずみ  投稿日:12月14日(火)13時29分40秒

もはやプラスワンは、「誰でもモノが言える日本で唯一の場」くらいに
なっちゃってるんじゃないでしょうか。

だからいずみがライブできるわけですし(笑)

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Re:だめ連 投稿者:まっぺん  投稿日:12月14日(火)09時40分11秒

いつも非常に有意義(?)な情報をありがとうございます。
さっそく覗いてみた! (*^_^*)

70年代の「アングラ」文化を懐かしく思い起こすサイトが
目白押しですねー。ロフトプラスワンというのは
この“業界”では有名なんですかね?
私は最近「某内ゲバ関係」で知ったんですが。

ぜひリンクに加えたいと思う。

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ダメ連 投稿者:ザーカイ  投稿日:12月13日(月)20時50分21秒

マル共連で話題になったダメ連のこと。
ダメ連のお友達(リンク)HP
http://www.ne.jp/asahi/r/s/dameren/friend.html

にんげんかいほう(27年の孤独)ダメ連不定機関紙↓
http://www.kylin.com/ningen/

の「リンク」にアジア連帯講座のHPがある。
だめ連と「かけはし(第4インター旧日本支部)」は関係あんのかなあ。
ないな、きっと。

 そうそう、にんげんかいほうの7号に学生時代の知り合い(今も連帯
労組の機関紙が職場にくる)が座談会していたぞ。がんばっているよ
うだ、いや、ダメになったようだ(爆)

#ダメ連なんだから、がんばっちゃダメ!

おまけ
当番制居酒屋「あかね」(ダメ連の溜まり場)
あかねフアンクラブ
http://www.kylin.com/akane/

http://www.kylin.com/ningen/ ------------------------------------------------------------------------
フォーディズムについて 投稿者:まっぺん  投稿日:12月13日(月)20時10分34秒

ちゅんたさん。無知なわたしに教えてください。
結局、下のちゅんたさんの発言の趣旨がよく分かりません。
フォーディズムは体系的にしか存在しえないものだから
部分的に利用するという発想自体がナンセンスという事なんですか?
そうすると、フォーディズムを一切否定した上でちゅんたさんが考える
社会主義的労働の組織というのはどういうものになるんでしょうか?

前回のボリシェヴィズムについての議論でも感じた事ですが、
ちゅんたさんの論調は専ら「他者の意見の否定」に終始しています。
わたしはちゅんたさん自身の建設的意見を聞きたいと思います。

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反WTO闘争 投稿者:まっぺん  投稿日:12月13日(月)19時38分54秒

「かけはし」に久々の投書があったので今見てきました。
シアトルの抗議行動についての意見↓

http://www.jrcl.net/web/p08.html

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その続き 投稿者:chunta  投稿日:12月13日(月)16時21分33秒

>ちゅんたさんが、そうまでしてフォーディズムを絶対的に否定するのは、理解不能です。
>豊かな日本社会の豊かな消費生活を享受しているからこそ出てくる発言としか思えません。
これもまた同様な話です。フォードシステムの体系的な理解の欠如が生み出した発想です。
>フォーディズムにすれば、労働者の自主管理があたかも自動的に否定されるかのような考え
>もナンセンスです。コンベアーのスピード、労働の編制、課業の時間設定、
>労働時間、等々を集団的労働者が決定しているなら、それは十分に自主管理です。
>もしフォーディズム=自主管理否定なら、労働者は永遠に、19世紀的職人労働を
>維持しなければならないということになります。
不可解な発想ですね?あなたの頭の中には「19世紀的職人労働」か「フォーディスム」
しかないのでしょうか?これまたなんともならない発想です。
繰り返しになりますが、フォードシステムはそもそもが自主管理とはかけ離れていることは
これまで十分に明らかにしてきました。あなたの主張は、このようなフォードシステム
の体系性を完全に無視したものです。あなたが自主管理にこだわろうとすれば、それは
フォードシステムとはまったく異質のものとなってしまいます。
ですから、そのように主張したいのならば、いいかげん「フォードシステムの利用」
といった主張を取り下げるべきでしょう。
>これは、『資本論』の展望にも反しますね。そのような職人労働では、当然、
>大規模な生産手段は使用できませんから、
>当然、生産手段の集中と集積、労働の社会化、協同労働でしか使用できない
>生産手段の発達、労働者の集中とその団結の増大、云々という
>マルクスが「資本主義的蓄積の一般的傾向」で述べたすべての現象も
>否定しなければならないでしょうね。
それにしても職人的労働に対置させられるのがフォードシステムしかないとは。
ばかばかしさもここまで来ると苦笑せざるを得ません。
フォードシステムのみが「分業・協業」を体現しているわけでないことは
普通の人ならば誰でもわかることなのですが。
私が職人労働を主張していると本気で思い込んでいるのでしょうか?
まことに不思議な話ですが、要するに論点のずれがここでも現れているわけです。
>何が何でもフォーディズムを否定しなければならないという確定命題に縛られているために、
>ますます矛盾に満ちた発言を繰り返し、ますます支離滅裂になっていくのは
>他ならぬ、ちゅんたさんのようですね。
そうですねえ。あなたの幼稚なフォードシステムの理解水準に気づいておくべきでした。
そうすればこれほどまでに長引くことはなかったのですが。
その点は反省すべき点でしょうか?
あなたの場当たり的で、特徴をシステムの連関性において把握すること事とは
程遠い、単に特徴の列挙しただけという理解水準に合わせておく
事が必要だったかもしれませんねえ。

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簡単な話ですよ、とろすきーさん 投稿者:chunta  投稿日:12月13日(月)16時18分48秒

要するにあなたは社会科学的な体系的認識がまったくできていない、ということです。
体系的に認識する、と言うことは、要素を単に分断して考えると言うものではありません。
その要素がシステムにおいていかなる位置を持っているのかを把握することが必要なのです。
それでなくては、そもそもシステムを持ち出してくる必要性が無いのです。
単に流れ作業を利用するという事はフォードシステムを利用することとは
異なるのです。流れ作業というものはフォードシステムの専売特許ではありません。
フォードシステム下における流れ作業といったときには、そのシステムにおける
固有の役割が加わるわけです。あなたの主張を見る限りは、そういった点が
まったく配慮されていない。単に流れ作業、ベルトコンベア、そういった要素が
何らフォードシステムとの関連も無く述べられているに過ぎないのです。
あなたの主張にはフォードシステムというものの存在がまったく必要となっていない
と言うことです。ですから、あなたがフォードシステムの利用、と言う点に固執している
かぎりは、同じ事の繰り返しだということです。
ですからあなたが私に反論するときは、これまた意味も無いような単純な極論
ばかりになってしまうのです。いわく、分業を否定するのか?などと。
ばかばかしい話ですが、あなたのフォードシステムの理解水準の低さが問題の一つ
だといえましょう。単に個々の要素に分断して話をするのならば
わざわざフォードシステムの利用など持ち出してこなくても十分です。
ですから、あなたは私の主張を繰り返し極論に還元しようとしていますが
どうにも困ったものだといわざるを得ません。
>資本主義的工場も資本主義的技術も資本主義的公共施設も、すべてがすべて、
>まるごと拒否するか、まるごと受け入れるかの
>どちらかしかないとでもお考えですか? とんでもない機械論です。
確かにそうですね。誰がそんなことを主張したのか聞いてみたいものですが。
このような反論ばかりではなんともなりませんね。
>複数の課業をやる、人間の判断余地を残す、歩行の要素を取り入れる、
>等々はまったくユートピアではないし、非効率でもありません。
>実際に、トヨタはそれを取り入れて、初歩的フォーディズムの数十倍の効率性を達成しました。
トヨタが「初歩的なフォードシステム」以上の効率を達成して理由が
労働者の精神面に配慮した結果かと言うとそういう訳ではありません。
この主張ははあなたのこじつけです。
>もちろん、トヨタの場合は、労働強化と長時間労働をも遂行したので
>(資本ですから当然です)、当然にも労働疎外を強めましたが、
>その点を差し引いても、やはり初歩的なフォーディズムよりも
>はるかに効率的であったでしょう。
>フォーディズムはコンベアー原理に還元できませんが、しかし、その決定的な点は
>コンベアー原理です。それは、資本主義的に利用されれば、労働の強制ですが、
>しかし、それは他面では、多数の労働者が同調的に労働を行なうという性格を有しており、
>これは、完全に生産の進歩的方向と合致しています。
ここは前述した通りです。フォードシステムにおけるベルトコンベアの意味合いが
あなたがまったくわかっていないというだけのことです。
>ちゅんたさんは、貧困の克服ということがあたかもどうでもいいように扱っていますが
>ちょっと信じられない発言ですね。ソ連の工業化なしには、ファシズムに対する勝利も
>無かったと思いますが、それも否定されるのでしょうか?
そうですね、そう思いますよ。私も「信じられ」ません。
私はフォードシステムを用いた「貧困の克服」を否定しているだけなのです。
これまたあなたにありがちな極論です。 
「フォードシステム」しか「貧困の克服」はありえない、と言う前提があるから
こそできる発言です。これまた安直な発想というよりほかありません。

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消してください。 投稿者:chunta  投稿日:12月13日(月)16時17分16秒

なぜか失敗してしまった。
やり直します。
申し訳ありませんが下の書き込みは消してください

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明治維新国家 投稿者:まっぺん  投稿日:12月13日(月)14時01分05秒

ザーカイさん。(^_^;;)

>こういう考えはまた批判されそうだが

何をおっしゃるやら。これまで私やトロスキーさん達に批判されてきたた
めの感想だと思いますが、そんなに“用心”しないでくださいね。逆に言
えば、ザーカイさんの書き込みは、無防備さ=腹に何もない正直さを感じ
ますよ。批判されたっていいじゃないですか。

「あの時代の日本はどう舵取りしたらよかったか」・・・・
歴史に「もし」は禁物だとは、よく言われることばですが、いろいろ想定
しながら可能性を探るのは、当時の時代をよりよく把握できるし、そう悪
いことではないとおもいます。
ただし、まずそのためには“明治国家日本”をどうとらえるのか、によっ
て全然ちがってくると思います。明治維新とはなんだったのか? ブル
ジョア民主主義革命だったのか、それとも300〜400年前の英仏のような
封建主義の最後の時代としての絶対主義ととらえるのか? まっぺんはそ
の辺を全然勉強してないのでよくわからん。当時の政治制度から考えて絶
対主義に比較するべきかとは思いますが。

それから、明治以来130年間のうち、どの時代の舵取りを想定するか、に
よってもちがってくるでしょう。
例えば司馬遼太郎は戦争と結びつけて3つに時代を区分しています。
1)明治10年(西南戦争)まで=内乱・国内統一の時代
2)明治38年(日露戦争)まで=防衛戦争の時代
3)明治38年以降=侵略戦争の時代
長編「坂の上の雲」は日露戦争にいたる明治日本の当時の様子をよく描い
ていますが、たしか上記のような3区分の思想に基づいていたと思います。
日露戦争を「防衛戦争」の観点からしか見ていない点に大きな問題を感じ
ますが、分かりやすい時代区分の仕方ではあります。その3つの区分の中
で、どの時代にシミュレーションをあてはめるのか。

前にも言いましたが、明治国家日本は周辺諸国を侵略・併合しながら帝国
主義として成長してきた事が今日の「先進国」の一員となった重要な原因
であること、それから、今後、他の諸国が日本のような成長の仕方をする
ことはないだろうということ。この二つは押さえておくべきじゃないかと
おもいます。そのうえで、明治維新がアジア諸国に与えた影響を考察して
おくと、面白い仮想の歴史を“デッチアゲ”る事も可能かと思います。

日本が帝国主義として成長するためにおこなったふたつの“賭け”つまり
日清戦争と日露戦争の事ですが、これらがアジアの民族解放運動に影響を
与えたのは事実です。インド、ベトナム、中国などから留学生が日本に学
び、日本で革命組織や連絡機関を作ります。そしてこれらアジアの青年た
ちに接近し協力したのは宮崎とう天のような右翼・国粋主義者でした。日
本国粋主義運動は、時代によって違ってくるけど、国際的な視野の広がり
をもっていた、といえます。
アジアの民族解放運動と関連づけて仮想の日本近代史を考える場合「左
翼」の姿があまり鮮明に見えないのがつらいとこですが、当時の右翼が目
指した「西洋からの東洋の自立」運動は結局日本帝国主義によるアジア侵
略として“実現”してゆくわけです。これは左翼の立場からは「アジア革
命運動」と結びつけることが可能です。

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零戦とグラマン 投稿者:まっぺん  投稿日:12月13日(月)11時31分03秒

私もそれほど詳しくはありませんが、知ってることだけを。
日本の名機零戦についていくつか本を読みましたが、柳田邦夫が日米の工業
技術の比較論に立って書いている本があり、それによれば戦前の飛行機製作
技術やアイデア、量産技術などにおける競争はそっくり戦後の自動車工業の
競争に受け継がれている、という主張でした。日本は工業国家としてアメリ
カに劣っている分、小型・軽量で勝負したということです。零戦の技術的思
想はとにかく軽量で動きが軽快であること、航続距離が長く燃料が少なくて
すむこと。そのために機体の材料も極端に節約し骨格も外装も強度ぎりぎり
まで細く薄く作られていました。防弾板もはずしてしまいました。バイクに
例えるなら50CCの原付バイクをうんとボアアップしてハーレーに対抗し
たようなもんです。

飛行機の性能は実はエンジンで大部分が決まります。当時アメリカが1500
〜2000馬力のエンジンを制作していた時、日本では三菱も中島飛行機(現
富士重工)も1000馬力のエンジンを作る技術がなく苦労していました。だ
から初期型の零戦21型は、たしか850馬力くらいしかなかったと思います
(手許に資料がないので不確か)。したがってエンジンに負担をかけずに性
能を上げるには軽量機しかつくれなかったという事です。対米戦争も後期に
はいると、ようやく大型エンジンが作れるようになりましたが、その時には
すでに大勢は決していました。

また戦時体制により政府が工場を接収して飛行機製作に動員するのは日米と
もおなじですが、アメリカがフォードなどの自動車工場と労働者をグラマン
社へ徴用したのに対して日本で接収したのは紡績工場などでした。自動車生
産によりすでに量産のノウハウを確立していたアメリカとの差は明らかで
す。アメリカは単に自動車工場を使用しただけでなく、その量産技術・量産
思想も有効に兵器製作に利用しました。例えば部品の画一化・規格化により
いくつもの兵器に同じ部品を使用できるようにする、一つの兵器の設計にあ
たって出来るだけ部品数を少なくする(余談ですが、我が「宣伝戦線」にも
全く同じ思想が盛り込まれています。いずれ「懐古闘争」に掲載予定)等々
……。この思想は兵器だけでなく兵員にたいしても貫徹しています。グラマ
ン機は重厚な防弾板によってパイロットの安全を図っていたし戦闘が行われ
た海域や地域には必ず捜索機・救援機を派遣し生存者を回収しました。「人
道的」と考えられる反面、簡単に補充ができない熟練パイロットを大事にし
たということでもあります。
他方、日本の場合はネジ一本ボルト一個にいたるまで特注品。機種毎に違う
ものをつくり使用していました。熟練工が出征していくと婦女子が動員され
長時間・重労働によって生産を支えました。もちろん、装甲の薄い日本の軍
用機のパイロットの死亡率は非常に高かった。これだけで戦争に負ける要素
は十分です。“大和魂”では合理主義に勝てるわけがないのです。

>兵器よりむしろ良く訓練された現場指揮官や操縦士の方ではなかったか?

おお!まったくそのとおりだと思います。対米戦争初期、日本軍が破竹の進
撃を遂げたのも、兵の訓練を十分に整えてあった事によります。逆にアメリ
カはまだそれほど武装を高めてはおらず、訓練を積んだパイロットの数も少
なかった事、米軍の志気がまだ高くなかったことなどによります。
戦闘機同士の空中戦でいえば、初期には日本のパイロットは米軍機を次々と
落としていきました。逆に後期になると零戦はどんどん撃墜されていきま
す。二千数百人の優秀なパイロットがミッドウェー海戦時に5隻の主力空母
と共に海の藻屑となったあと、訓練のための燃料も時間も足りなくなり、
次のパイロットの訓練が追いつかなかったからです。熟練を必要としない
「特攻」はそのために採用された「やぶれかぶれ」の戦法です。

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HELP!わかんない事ばっかりです。 投稿者:入谷  投稿日:12月12日(日)23時29分56秒

まっぺんさんの仮想戦記物についての書きこみなかの
>日本にはこのような工場はまだありませんから、いかに優秀な零戦でも
>非能率的な手作り作業です。
をみて、工場労働者で開発技術者の私は疑問がわいてきました。
当時の日本の設計・開発技術は大したことなくもっぱら量産技術のみが秀
でていたのでは?
というあんまり根拠のない疑問と言うか仮定です。
戦後から最近までの日本の技術に対する日本人自身の評価はこの仮定に近
いものでしょう。
いろいろ、手持ちの本やネットを漁ってみると、零戦を始め、多くの兵器
が、戦前はアメリカ、戦中はドイツの技術導入によるもので、オリジナル
の技術がアウトプットされる前に終戦を迎えたらしいことは、おぼろげな
がら掴めたのですが、生産体制が前近代的と切り捨てて良いものなのか、
そうでなかったかは、良く分かりませんでした。
今後も調べるつもりですが、ご存知でしたらお教え下さい。

一方、この仮定と対になったのは、消耗の激しかったというか、養成・
補充が続かなかったのは、兵器よりむしろ良く訓練された現場指揮官や
操縦士の方では無かったか?という疑問と言うかこれも勝手な仮定です。

それで、戦闘機乗りを例にネットを徘徊してみたのですが、例えば、
「予科練資料館」というページによると、
「予科練卒業生の8割が未曾有の国難に殉じて散華した」って書いて
あるのに
「入隊者計 241,463名  内 戦没者計 18,900名」とも詳細な養
成地別のリスト付きで書いてある。これだと1割以下ですよね?
昭和5年の一期から始まり、昭和16年からいや12年から等比級
数的に入隊者が増加してゆくのに対し戦死者は反対に急速に減ってゆ
く。「卒業生の8割が殉じ」たという記述と整合性を取ろうとすれば
20年の終戦に養成(卒業)が間に合わなかったという事となる。
戦闘機は20年8月に製造されたものでも、出撃出来たのであろうが
操縦士は、数年では空戦が出来るまでには養成できなかったのでしょ
うか?それとも、養成できてた操縦士にあてがう軍用機・燃料の製造
が先に間に合わなくなったのでしょうか?
いまひとつ良く分かりません。

あと、この「予科練資料館」のページでは、小林よしのりの戦争論に
全面的に賛同するという感想文がのってまして、トロスキーさんの言
ってたことはこうゆうことか〜!って思いました。
小林よしのりは大好きで、東大一直線とか、大事にもってますが、問
題の「戦争論」とかは残念ながら全く見たことがありません。
小林よしのり先生は何時の間に頭がオカシクなってしまったのでしょ
うか?福岡から東京に来てなんかあったんでしょうか?
絶対に東京にはいかん!って言ってたのに来たから・・・・?
1ページ1ページに魂を削るような創作態度に心うたれたことが多か
っただけに、何か、とっても悲しいです。
それとも東大一直線執筆当時からの分かり易い逆説的表現が誤解され
ているんでしょうか?

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明治維新から既に予定されていた、侵略国家化。 投稿者:ザーカイ  投稿日:12月12日(日)20時12分15秒

>山本はアメリカと戦えばかならず負けることがよく分かっていた。
>それは個別の作戦の成否にかかわらず、国力の差がありすぎるからです。
>それだけではない。フォーディズムによる近代工場をもっていたアメリカは
>戦争に際して自動車工場を接収し飛行機生産のラインを組ませた。
>日本にはこのような工場はまだありませんから、いかに優秀な零戦でも
>非能率的な手作り作業です。

ピ―ターフランクル曰く、当時日本の軍用品を生産する力は、アメリカの
1/80だったそうです。まぁアホタレ向けSFにどうこう言っても空しいにき
まっています。トロツキーが文学には政治とは別の法則があると、国家の
統制に反対していましたが、「紺碧の艦隊」や同類のダメダメ小説はそん
な議論にのるまでもなく、殲滅です(爆)!

明治維新は近代国家誕生であった。その時から列強と闘わなければな
らない運命を持っていた。近代国家の栄盛は植民地を作ることで、地球
が有限であるわけだから、当然いずれはぶつかる。朝鮮が先に東学党
の乱勝利で、近代国家化していたら、逆のことが起きていたかも。

山本五十六の思惑通りアメリカと戦争しないとしても、英仏(ソ)とは中国
戦線で戦わなければならず、もし闘わねば植民地を手放すことになり、
列強主導の世界で生きていかねばならず、いずれは日本も植民地にな
っていたかもね。
 詳しくわからんが、こういう考えはまた批判されそうだが、あの時代日本
はどう舵取りしていればよかったのだろうか。

やはり明治維新もそうだか、「しないといけない」ことが外部列強から突き
付けられていた極東の小国にそれほど多くの選択肢があったのだろうか?

というわけで、明治維新(近代日本)も勉強してみたいが、司馬遼太郎以
外のよい本を知りませんか。明治維新ロマンは娯楽と言う事で、今回は
維新後の世界と日本ということ調べてみたいなあ。
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テレビ朝日「釜ヶ崎」 投稿者:まっぺん  投稿日:12月12日(日)18時39分02秒

ゆうべたまたま見ましたが、ほんとに深刻ですね。

インタビューに応じた64歳の人は今年2月から仕事がないと言っていた。
この人は過去、多くの石油コンビナートなど巨大プロジェクトの
建設工事に従事してきた、原発建設現場でも働いてきた、といっていた。
一泊1100円の“ドヤ”に住んでいるが、いつ野宿労働者になるか
わからん、首吊って死ねたら楽だ、ともいっていた。
他にも、借金を逃れている人、リストラされて流れてきた25歳の
コンピュータ技師など。住んでいる人はさまざま。

1000人の野宿労働者へ支援を。

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続・紺碧の艦隊 投稿者:まっぺん  投稿日:12月12日(日)18時22分54秒

ノムラさん、はじめまして。(^^)
だいぶ返事がおくれてしまってごめんなさい。m(_'_)m

子供の頃フツーの「ミリタリー・マニア」であったまっぺんは
兵器や戦争に興味を持ち、戦史を読みあさりプラモもよく作りました。
零戦、飛燕、鍾馗、疾風、スピットファイア、メッサーシュミット、
フォッケウルフ、P51ムスタング、P38ライトニング、大和、
二式飛行艇、シャーマン戦車、ヤークトティーゲル、チハ戦車等々・・

父の過去を調べる過程でもずいぶん軍事関係の本を読みました。
軍事趣味は昔ほどではないが今でもありますね〜。

明治時代から始まる日本の軍事思想はドイツのモルトケから派遣された
メッケル少佐の教育によるものが大です。メッケル少佐は日本陸軍の
近代化、特に軍の編成・運用・作戦についてすぐれた指導を
行いましたが、ついに「戦略論」を教えることがなかった。

「戦略論」の不在、それに軍の政治的発言力の増大と官僚化の進行は
あの無謀な戦争を起こす重要な要素となったでしょう。
結局、国際的展望の無さや官僚特有の視野の狭さなどが重なった結果
張作霖爆殺や満州事変など、軍の出先機関の勝手な陰謀を経て
ずるずると戦争に引きずり込まれていく。

「紺碧の艦隊」では日本軍がたてた様々な作戦や軍の運用のあやまりを
修正して戦闘を再現しています。そこに登場する兵器がなかなかよく
考えられていて、また現存した飛行機などを参考にしているので
最初は面白く読んでいましたが、だんだん空しくなって来て、途中で
読むのをやめてしまいました。

小手先の戦術の修正で「仮想戦記」などというのが、まずあほらしい。
主人公高野(山本)五十六が軍と政府の首脳部を掌握したのなら
アメリカと絶対に戦争するはずがないからです。
山本はアメリカと戦えばかならず負けることがよく分かっていた。
それは個別の作戦の成否にかかわらず、国力の差がありすぎるからです。
それだけではない。フォーディズムによる近代工場をもっていたアメリカは
戦争に際して自動車工場を接収し飛行機生産のラインを組ませた。
日本にはこのような工場はまだありませんから、いかに優秀な零戦でも
非能率的な手作り作業です。これらの日米の較差を山本はアメリカに
武官として滞在していてよく知っていた。

また、これらの仮想戦記文学がよって立つ視点というのは所詮
日本帝国主義の立場である、という事です。
「あの戦争にまけない方法」というのは日本人民の立場に立ったもの
ではない。あの戦争がどれだけ日本の国力を消耗し、人民の生活を
悲惨な境遇に陥れたかを考えるならば、アメリカとの開戦はおろか
中国への武力侵攻も“満州国”建国も行わなかったでしょう。

人民的立場からの「仮想戦記」があってもいいんだがな〜(^^)

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中国共産党と日本の侵略 投稿者:まっぺん  投稿日:12月12日(日)16時54分55秒

“わが党”サイトは右から左まで自由に意見を交換できる場ですから
どんな人の意見表明でも尊重するつもりですし、ザーカイさんの
おっしゃるとおり、意見の統一を望むものではありません。
・・・・・これは“管理者”としての立場。

しかし、私の個人的な感情として言わせてもらうなら、
労働者の痛みを知っているザーカイさんには、
中国の事情についての偏見を取り去ってほしいなー・・・・

トロスキーさんの「もっと先にくるべき感情」を
私なりの言葉に置き換えてみます。まず歴史のお勉強。

中国は列強帝国主義諸国の植民地とされてきましたね。
日露戦争で勝利した日本は中国の権益を目一杯よくばって要求します。
後発帝国主義のあせり・でしょうか。
そのため、かなり強引な方法で満州を奪い、抵抗する中国を屈服させる
ために侵略戦争に突入していきます。

いわば、よその家に押し入って、包丁を突きつけて金品を奪い、
家人を殺し、したい放題の悪事をおこなったと同じ事ですね。
(そういえば司馬遼太郎が「押し込み強盗的帝国主義」と表現してたなあ)

やがてその強盗は旗色が悪くなって叩き出された。
災難からやっと解放された家では親戚があつまって今後の家の方針を
考える。その中で“うちわ喧嘩”があり「某宗教」を信奉している人が
家主となった・・・・・という風に例えられるでしょうか。

強盗の娘・息子である我々は、この家の現家主に対してどういう風に
考えるべきでしょうか?
強盗に寛大であったその家主の行為に対して
「あれがヤツらの手口なんだ。のせられるなよ」そういうべきだろうか?
例え事実その「某宗教の手口」であったとしても、事実に対して素直に
感謝するべきだ、とトロスキーさんは言っているのです。私も同感。

ザーカイさんの「げ!」の要旨はひとことでいえば
「これが奴らの手口だ、のせられるな」・・・・という事でしょう。
この、予断と偏見をものすごく感じる言葉が私には不快なんです。

中国共産党には現在までにいろいろ問題がある事も事実だと思います。
文化大革命と紅衛兵運動が中国の経済・教育・文化、総じて社会全般に
もたらした悲劇の大きさ、そして民主化を求める人民への血の弾圧
=天安門事件、いまだに共産党一党独裁である事など、問題を指摘し
とりわけ人民への弾圧に抗議するのはあたりまえだと思います。

しかし、戦犯捕虜たちに対する処理は非常に立派で、戦犯たちに
感謝されるものであった。それも事実です。
繰り返しますけど「待遇がよかった」事への感謝じゃありません。
日本兵たちを悪夢から醒めさせ、あたりまえの人間の感情を
とりもどしてくれた事にたいして感謝しているのです。
もと被告の言葉をききながら私はこみあげるものがありましたね。

NHKが再放送したら、ぜひ見てもらいたい。

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まっぺんさんへ 投稿者:ザーカイ  投稿日:12月12日(日)11時35分47秒

>"ブレイン・ウォッシュ"・・・「マインドコントロール」よりも
>」ショッキングな言葉です。少なくとも労働者の側に立とうとする人には
>使ってほしくないなー
 了解です。
「洗脳」について最後に報告しておくと、ぼくが見る限りでは今の日本での
「洗脳」といわれる対象はカルト(≒オカルト)集団についで、企業の社員
研修・詐欺商法のあり方の批判に使われています。
古くは1981年に汐文社「洗脳の時代」宇治芳雄著で、富士政治大学校
の特殊教育=民社党系労組の反共(産党)教育やSTを悪用した社員教
育(自殺者まで出した)を「洗脳」というタームで批判している。青木慧も
日産労組の会社ぐるみでの反共教育を暴いている。(ともに共産党系知
識人か、社会派) 
 最近では福本博文「心を操る人」文芸春秋社(!)で、社員教育・リーダ
ー育成教育が、かなりの人格破壊を行っていたこと、社員教育がすたる
中、自己啓発セミナーというかたちで、トレーニングも受けていないものが、
「心を操る」ようになっている。そして自己啓発セミナーがマルチ商法を起
源にしていることなども、「洗脳」の大衆化の警告として語られている。

 今や「洗脳」の文脈は、妄想の産物としての「共産主義者のスパイ育成」
から、実際に身近な人が他人の人格や生活を壊す「手軽な技術」になっ
ているわけです。

 時代・社会を批評するキータームとしても「洗脳」はあるわけですので、
その点も知っていてほしいです。現在、資本主義がその原理の純化に
進むことと、「洗脳」の大衆化が進むことの同時性は注目しておくことが
必要だと思うな、直感的に。

注1:ここでの「洗脳」は「マインドコントロール」とほぼ同義で語っていま
   す。手法はさまざまですが、心を操ると言う事では共通しています。

注2:「洗脳」技術の大衆化はACもどきの多発と伴って、「ヒモ」とかの不
   労所得者の必須アイテムになりつつあるようです。ACもどきはいい
   「カモ」になっているそうです。
    恐れるべきは「組織」のみではありません。
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