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ほりすすむの あめの国のものがたり
第二話 ペルセウス秘密同盟(4)

赤色土竜新聞第9号 2003.12.27

●アルフェッカ

 とびらのむこうは、一面に濃い霧でおおわれていた。一瞬、「また船の甲板の上にもどったんだろうか」と思った。しかしぼくが立っていたのは見覚えのある場所だった。そこは小さなレンガ造りの小屋の中だった。小屋の外に出て見た。周りは空き地になっているようだ。
 「あれ、ここは教授といっしょに入ってきた小屋?」……いや、そんなはずはない。ぼくたちはかなり長い階段を降りたはずなんだから、ほんとうなら今、100メートルくらい深い地下にいるはずだ。地上にいるなんておかしいよ。それに、入る時は階段を降りたのに、出る時は長い廊下を歩いてきた。だから、よく似ているけど入った所とは別な場所のはずだ。
 霧はゆっくりと薄らいできた。ぼくは小屋を出て小屋のうしろにまわって見た。小屋の後ろも空き地になっていた。数百メートルの距離をまっすぐに歩いて来たはずの廊下は無かった。「そんなのあり得ないよ。いったいどうなってるんだ? ここはどこなんだろう?」ぼくはもういちど歩いてきた廊下を見ようと思って小屋にもどった。そしてとびらを開けてみた。とびらの向こうは古ぼけた棚になっていて、食器が少しばかり置いてあった。棚の奥は硬いレンガの壁になっていた。げんこつでたたいてみた。「コツコツ」……中まで詰まっている音だ。どこにも廊下らしいものは見当たらない。廊下が消えてしまった!

 霧はだんだん晴れてきた。ぼくは空き地から外に出てみた。空き地も周囲の風景も教授と一緒に来た時とよく似ていたけど、何か少しちがっていた。付近の建物がかなり壊れているのだ。ぼくは路地を抜けて表通りに出てみた。通りのあちこちの家が破壊されている。まだ遠くの方はかすんでいるけど、ところどころガレキの山になっているところもあるようだ。まるで地震か戦争でもあったみたいだ。
 「戦争? じゃあ、もしかしてここは砂の国? もう戦争は始まってしまったのかな? いや、いくらなんでも、そんなに早いはずがないな。」そう思ってよく見ると、道路のところどころにえぐられたようなまるい穴があいている。「爆撃の跡だ。」近くのガレキからは煙がたちのぼっていた。ぼくはぞっとした。つい今まで爆撃されていたように生々しい。ここはどこだ。砂の国じゃないとしたら、ぼくはどこに来たんだろう。しーんとして、何も聞こえない。
 ぼくは叫んでみた。「おーい! 誰かいませんかあ!」…ぼくの声はまわりに響いてこだました。だれもいないんだろうか? いま何時だろう? うで時計を見た。4時。まだ朝早い。 空気がひんやりしているし、それほど明るくない。
 「おーい、そこの君ー!」
 女の人の声がした。人がいた。「そんなところで何してるのー。こっちへいらっしゃい。」はるか向こうで手まねきしている人が見える。「ぼくですかー?」声がまわりの建物にこだまする。「そうよー。ほかに誰がいるっていうの?」たしかに他にはだれもいない。まぬけなことをきいちゃった。でも大丈夫なんだろうか? あの人の所に近づいていっても。といっても、他にどうしようもないので、とにかく行ってみるしかないな。ぼくはガレキだらけの道をその人のいるところまで歩いていった。途中の家々はひどく破壊されている。ぼくを呼んだ人のほかには人影はどこにもみえない。2分くらい歩いてその人のところに着いた。
 女の人はたくましく日焼けした顔を向けて言った。「私はアルフェッカ。よろしくね。きみ、どこから来たの? この世界の人じゃないみたい。」

●デンデラの町へ

 アルフェッカはあめの国から来た報道記者だった。いくつかの新聞社や通信社と契約していて、カメラを片手に戦場から戦場を駆けめぐっている。そして写真をとったり記事を書いて新聞社や通信社に送るのだ。 ぼくは彼女に、不思議な旅行体験のいきさつを説明した。だけど、もちろん、ペルセウス秘密同盟の会合のことは言わなかった。
 彼女に聞いて、ここがやはり砂の国だとわかった。でも、このガレキの山を見ると、戦争はずいぶん前から続いているように見える。「ねえ、アルフェッカ。大統領はきのうのお昼のニュースの時に砂の国に大量破壊兵器を差し出すように言ってたんだよ。だから戦争はまだ始まってないと思ってたのに。」「そんなことないわ。ここでは戦争はもう半年も続いてるわよ。あめの国派遣軍は連日爆撃しているし、砂の国の国防軍はずっと抵抗を続けているわ。さ、このあたりの写真はとったから、まちへ帰りましょう。そこで待ってて。いま車をとってくる。」
 アルフェッカがガレキの山の向こうに行くと間もなく、車のエンジンをかける音がした。ガレキの陰から車が出てきた。ところどころへこんでいる。屋根にはおおきくルーン文字で「PRESS」と書かれている。「この車が報道関係だって知らせるためよ。飛行機から爆撃されたらたまらないからね。さ、乗って。」
 車はでこぼこになった道をガレキをよけながら進んだ。しばらく進むと車は郊外に出た。おだやかな風が吹いていた。太陽が平原の向こうの地平線から出たばかりだった。郊外には道路の横に破壊された戦車の残骸がたくさんころがっていた。それが朝日を横から浴びてオレンジ色に染まっている。どこまで行っても人影は見えなかった。僕たちは、砂の国の首都デンデラに向かっている。車のエンジン音の他にはなにも聞こえない。「さっき私たちがいた町はカルナックというところよ。このあたりはきのうまで、あめの国軍と砂の国軍のあいだで猛烈な戦闘がおこなわれていたの。だから、ここに住む人たちはみんな逃げ出しちゃったのよ。」
 戦闘は一進一退のままこうちゃく状態におちいっていたけど、ほかの場所でもっと大規模な戦闘が始まったので、両軍とも、そっちの方へ移動していったらしい。でも、戦闘が終わってもあの町の市民はまだひとりも戻ってきていなかった。
 「カルナックの町のひとたち、しばらくもどってこないかも知れないわね。もしかするとそのまま、となりの『月と星の国』へ避難していくのかもしれない。」
 「ああ、知ってる。それ、『難民』っていうんでしょう?」
 「そう。難民よ。自分の住む土地を捨てて知らない国へ行って生活するの。でもだれかが助けてあげなければ、その人たちは食べるものも着るものもなくて、みんな死んでしまうわ。難民になるって、とってもつらい事なのよ。」
 アルフェッカは悲しそうな目をしていた。

●ペンテコステ祝祭日

 もう4時間くらい走っただろうか。太陽がだんだん高く昇ってきた。気温が上昇し、車の中が暑くなってきた。車にはクーラーはついてない。やがて前方はるかかなたに町が見えてきた。高いたてものや低いたてものが、美しくバランスを保って並んでいた。デンデラの街だ。街が近づくにつれて一軒一軒の家がはっきりと見えてきた。家々の壁は白く磨かれていて美しい。街の真ん中にある立派な宮殿がだんだんはっきり見えてきた。宮殿の丸いドームの屋根が青くキラキラと輝いているのが遠くからでも見える。宮殿の左右には合計4本のえんぴつみたいにとがった塔が見える。塔の先端は赤く輝いて見える。デンデラ市はまるで宝石のような美しい都市だった。「あの宮殿のドームのうら天井にはね、星図が書いてあるのよ。」とアルフェッカは言った。「時間があったら見に連れていってあげるわね。」
 しかし、街に近づくにつれて、あちこちの家や建物が破壊されているのが見えてきた。途中にいくつも大きな対空機関砲が空を向いてそびえ立っていた。またミサイルも空に向かって並んでいた。そしてそのそばには必ず防衛軍の検問所があった。検問所で僕たちはいちいち車を止めさせられ質問された。止められるたびにアルフェッカは記者がもつ「記者証」というカードを検問の兵士に見せていたけど、ぼくは「顔パス」で平気だった。「あちらの世界からの旅行者」はこの国でも優遇されているのだ。市内にはいったところでアルフェッカはバッグから携帯電話を取り出して画面を見ていた。それから何か文字を打ち込んでいた。「この電話、どうも電波の調子が悪いのよね。」

 アルフェッカは市内の「記者クラブ」というところへ向かって車を走らせていた。大きな通信社のビルがあって、世界中からやってきた記者やカメラマンたちがそこに泊まりながら取材したり写真をとったりしているんだそうだ。そこは「記者クラブ」と呼ばれていた。アルフェッカもそのビルの中に部屋を借りて泊まり込んでいた。やがて、その通信社ビルが見えてきた。通信社の屋上にはおおきな看板が掲げられていた……「アルビレオ通信社」。
 「さあ、ついたわよ。」車から降りると、アルフェッカはぼくを部屋にとおし、冷蔵庫から冷たいジュースを出してくれた。「これから私は市内のペラダン教会に行って、ペンテコステの祝祭の祈りをあげるんだけど、ついてくる?」「え? ペンテ…なに?」「ペンテコステよ。ペ・ン・テ・コ・ス・テ。あなたは何か宗教に入ってないの?」「えっとー、ぼくは何も信じてないけど、お母さんはときどき仏壇でおいのりしてる。カンジーザイボーサツ、ギョージンハンニャー、なんたらかんたら…って。」「ああ、ゴータマ教ね。東洋の人には多いわね。」
 ゴータマ教か…。ぼくたちの世界では「仏教」っていうんだけどな。
 「そのペンテコステって何ですか?」「ペラダン教の三大祝祭日のひとつよ。聖誕祭・復活祭・五旬祭のみっつ。別のことばで言えば、クリスマス・イースター・ペンテコステね。」ああそうか、ここの世界でペラダン教っていうのはキリスト教のことらしいな。「それは毎年何日にやるんですか?」「そうね、毎年同じ日と決まってるわけじゃないわ。年ごとに少しずつ変わるの。今年は6月8日。今日よ。」
 「え?」ぼくはびっくりして飲みかけのジュースを吹き出し、せきこんでしまった。「今日は6月8日だって?」  (次号につづく)


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