●帰国

　夜十一時五分発のベトナム航空便は予定時刻通りに雨上がりの曇り空の中を飛び立った。滑走路を離れて飛行機は傾きながら左に大きく旋回し上昇していく。まどの外いっぱいにホーチミン市の明かりが見えた。道路に等間隔にともる街灯は、ほんのりクリーム色で、それに照らし出された道路が真珠のネックレスのように見える。幾筋もの真珠の列に区切られて密集する建物の明かりは青白くまばゆく輝いている。街全体がクリーム色と青白色の宝石のように見える。こんなに美しい夜景は見たことがない。この明かりの下で無数の人々が活動し、それぞれの生活を営んでいる。ついさっきまで自分も、その中のひとりであった。
　飛行機が上昇するにつれて、周囲の暗がりが見えてくる。真っ暗なベトナムの大地にぽっかりと輝く、宝石のような都市。それがだんだん遠くなってゆく。ベトナムへの航路は格段に増大し便利になったが、果たして今後ふたたび訪れる機会はあるのだろうか。もしや、これがベトナムを見る最後の機会だったのだろうか。そう思った時、ホーチミン市のまばゆい光景がにじみ、胸が熱くなった。そして、こころの中でつぶやいた。
　さようなら、ホーチミンシティ。
　さようなら、ベトナム。

●二十三年目の再会

　この報告文を書いているうちに、ちょっと嬉しいニュースが飛び込んできたので、ぜひ伝えておきたい。
　私はベトナム友好訪問団が二十三年前に残したパンフレット『解放４年後のベトナム』を参考資料にしている。このパンフレットの最後のほうに、訪問団がホーチミン市でお世話になったというガイド、ホンハーさんの事が紹介されている。ホンハー氏は、クチの革命根拠地で抵抗闘争を続けながら短波ラジオを通じて独学で日本語を習得したという。
　「ホンハー」とは「紅河」の意味であるが、ハノイの東側に同名の大河が流れている。ここにはロンビエン橋という長大な鉄橋が架かっておりハノイ市と郊外とを結ぶ重要な補給線となっている。米軍は度々この橋を爆撃し、テレビカメラ付きの「スマート爆弾」によって破壊に成功した。この爆弾のカメラがソニー製であったのは知る人ぞ知る事実である。
　ホンハー氏は名前の意味から考えても本名かどうかがわからず、どこか謎めいた人物であった。ところが、最近、このホンハー氏と元訪問団のひとりが二十三年ぶりに再会したというのである。
　それは八月三日、相模原市での事である。その日、戦車阻止闘争三〇周年を記念する集会がここで開催された。この集会には何名かの元アジア青年会議（戦車阻止闘争当時にはベトナム・インドシナ連帯委員会）関係者が参加していたが、その中のひとりはベトナム友好訪問団のメンバーであった。
　元ベ平連の小田まこと氏の挨拶に続いてベトナムから来日した訪問団代表が挨拶した。最初に挨拶したのはベトナム・日本友好協会事務局長グエン・コン・タィン氏であった。氏のあやつる日本語には独特の表情があった。また挨拶の中で語られたトンネルでの闘争の経験談も元訪問団メンバーには聞き覚えがあった。「もしや、あれはホンハーさんではないか？」…集会終了後、彼が「ホンハー」氏と同一人物である事が確かめられた。全く思いがけない出来事であった。タィン氏は二十三年前の自分の写真を見ながらほがらかに笑った。そして元友好訪問団のメンバーと握手し、固く抱きしめた。

資料　アメリカの戦争による破壊と犠牲の統計

●アメリカはなにをしたか

戦費合計　3250億ドル
動員兵力　米軍延べ600万人（最大時60万人以上）、
　　　　　サイゴン軍100万人以上
爆弾投下　785万トン、このため南ベトナムだけで2100万個の
　　　　　クレーターを発生（全緑土の4分の1を消失）
　　　　　なお、785万トンは爆弾だけで砲弾を含まない。
　　　　　因みに第二次世界大戦において全世界に投下された砲弾と爆弾の
　　　　　合計は200万トン、そのうち日本に投下されたものの合計は50万トン。
枯れ葉剤　7550万リットル散布（南ベトナム全緑土の4分の1）

●南ベトナムの戦争犠牲者

死者（1965〜74）
　　　　　両軍兵士　115万人　民間人　43万人
政治囚　　20万人以上
孤児　　　100万人以上
売春婦　　サイゴンだけで15万人以上
麻薬患者　サイゴンだけで10万人
失業者　　サイゴンだけで200万人
米軍死者　56557人

●北ベトナムが受けた被害

生産　　　数次の五カ年計画分の遅れ
市町村　　51町が壊滅、5788村のうち約4000が壊滅
農村　　　10万ヘクタールの田畑に損害
　　　　　このほか、鉄道、橋、港湾のすべて、学校3000、病院
　　　　　350が破壊された