反論11 マル共連にまでヒンシュクを買った戸田さん まっぺん

●抗議する相手がちがっているだろうが!

 戸田さんは、『マルチメディア共産趣味者連合』(通称「マル共連」)で旧共産主義労働者党(現グローカル)を批判して顰蹙を買い、隔離板へ誘導されたとの事である。それから7年もたった今になってもまだその理由がわからないとはお気の毒というより他ない。「マル共連」の住人がこれを読んだら腹を抱えて笑い出すだろう。かく言う私も昔はつい書き込み過ぎて管理者から注意された事がある。
 だが、この「糾弾11」については、まず抗議の相手が違うだろう。井上氏は「戸田さんがマル共連でヒンシュクを買い、注意された事実」を指摘しただけなのだ。そしてその理由もマル共連の住人なら納得できるものだ。戸田さんは、まず「どうしてオレを排除したのか!」とマル共連に抗議すべきであって、その事実を公表した井上氏に抗議すべき事ではない。

●場の空気を読む事がわかっていない戸田さん

 まずマル共連でなぜ批判されたかを簡単に説明しておこう。それぞれの掲示板にはそれぞれの「作風」というものがあり、それはその掲示板の管理者、あるいは常連投稿者などによって作られていくものである。戸田さんの掲示板に「作風」があるように、マル共連にもそれまでに培われてきた「作風」があるのだ。投稿にあたっては、その「作風」を守らなくてはならない。もちろん、普通はそういうものは「投稿規約」に反映されているもので、この場合はルールの2「基本的に「過激派」の情報の交換を目的としているのであり、それ以外のネタを書き込むことを禁止する。」がそれにあたる。
 ここは基本的には「情報交換の場」であって、よいとか悪いとか「評論する場」ではないのだ。多少の脱線はゆるされるとしても基本的には、どんな党派に対しても「愛情をもって生あたたかく見守る」事を主旨としている。例えば革マル派に対してであれ、批判がましい記述は避け、機関紙『解放』の論文を好意的に紹介しているのである。しかし、それだからといって、本当に革マル派を支持しているわけではない。ある種の皮肉がこもっているのである。
 戸田さんにはそこのところが解っていないのである。そこでは批判がましい投稿をしてはならないのである。また「議論をする場」でもない。「場の空気」がよめないジコチューな人はここでは嫌われるのである。

●礼儀しらず、とは戸田さんが相手にぶつける言葉だが?

 その一方で井上氏は戸田さんのこのグローカル批判について、もうひとつの面から批判している。それは人間的信頼関係を作るうえでも重要な「礼儀」についての批判である。戸田さんは、自分の掲示板では自分の要求に従わない者を「礼儀知らず」と言う。しかし一歩外へ出て、こうした所で自分の礼儀知らずを指摘されても理解できないようである。では戸田さんに、「世間一般の礼儀」というものを教えてやろう。

 誰でも誉められるのは嬉しいものだ。もし自分を直接誉めた人が外でも自分を誉めていたと知ったら嬉しいことだろう。また自分が批判されたとしても、自分を批判してきた同じ人が、実は外では自分を誉めていたと知ったら、その人を好きになるだろう。しかし、自分を誉めた同じ人が、実は他所では自分を批判していたと知ったらどう思うか。よい気持ちはしないであろう。グローカルに対して戸田さんが見せた態度はまさしくそれなのである。
 友好的関係にある人を批判するなら最初に相手に面と向かって批判するべきである。もし直接批判したあとなら、外でも批判しようと構わない。しかし戸田さんは、「ずっと友好関係を保っている」というグローカルに直接ではなく、外の掲示板に唐突に「これという足場もなく左派的市民運動にひっついているだけ」などという批判を投げつけたのである。井上氏が「陰口」というのはそういう意味である。順序としてまず、そのような批判は直接面と向かって本人たちに言うべきだったのだ。

 なお、これについて戸田さんがトンチンカンな反論をしないように予め言っておくが、「それなら井上もまずオレの所にやってきて面と向かって批判をしてから本に書け!」などと恥ずかしい事はくれぐれも言わないように。井上氏は戸田さんと「友好関係」どころか「直接の関係」などそもそもないからである。また「若竹・戸田事件」は社会的運動に関心を持つネットワーカーの間では広く知られた事件なので、それを評論するのにいちいち本人に連絡する必要などないからである。