麻生さんに応えるために まっぺん 07/3/1(木)

(0)はじめに

 今回の戸田さんの暴走に始まる過程の中で、主要な論点を3つに分類できると考えています。それは(1)7年前の事件と、それを論評した井上はるお氏の文書に対する戸田さんの対応について、(2)今年一月に戸田さんが突然始めた井上批判には当然にも反論が起こりましたが、そのひとつであるまっぺんの反論に対する戸田さんの対応、(3)これらの一連の経過の中で戸田さんが持ち出したスパイ宮崎の問題について、の三つです。そしてそれらの検証の中から、私は戸田さんの問題点に再度注意を喚起し、併せて今後の関係のあり方についての提案も行いたいと思います。


(1)七年前の事件と「CA」文書に対する戸田さんの対応

 7年前の事件の要点については、戸田さんの要請によって反論した私の文書の中でほぼ言い尽くしていると思います。掲示板に対してアラシがあった時、どう対応するべきなのかについては、草加さんの意見にも依拠しつつ、様々な方法があると言っていいと考えています。しかし、そうした「様々あり得る方法論の可能性」をあれこれ論じているのでは、問題が拡散していくだけであり、この問題の本質を見失う事になります。我々は、「どんな掲示板管理の方法が良いのか」といった「理想論」を語っているのではありません。戸田さんが7年前に行なった罵倒と削除の過程には問題はなかったのか? という具体的な問いかけをしているのであって、井上氏もまたそれを問題にしているのです。

 井上氏がなぜそれを問題にしなければならなかったのかの理由を、井上氏本人が社会批評社フォーラム掲示板で明らかにしています。すなわち当時、石原の差別発言に対する反撃が始まった時、井上氏も(恐らくは別名で)戸田氏と一緒に若竹りょうこ議員への右翼的攻撃に対して反撃していたのです。ところが、せっかく井上氏が若竹さんを防衛しようとしているのに、味方の陣営にいながら差別的罵倒発言や内部の手紙の公開などによって「自爆攻撃」を繰り返す戸田さんのお陰で、若竹さんは返って窮地に立たされた。井上氏はこう言っているのです。無関係の人間が戸田さんを外部から酷評しているのではありません。戸田さんは若竹さんだけではなく、共に闘っていた井上氏の反撃さえも台無しにしてしまったのです。

 従って、この問題については、実はある意味で井上氏も「戸田さんの行為の犠牲者」という立場を共有しているのです。そう考えるなら、7年前に続く今回の戸田さんの行為は、再び井上氏に対して無神経な罵倒を浴びせる結果となっている事を、是非とも自覚してもらわなくてはなりません。これは「掲示板管理の方法についてあり得る選択肢」についての、サロン的おしゃべりではないのです。戸田さんによる2名の同志、そしてネット上での行為の相手である10数名或いはそれ以上の人々に対する配慮のない行為がもたらした結果を、戸田さんが自覚していないという事、とりわけ井上氏に対して戸田さんは「自分は被害者だ」と思いこみながら、実は二度目の加害者の立場に立とうとしている事実を自覚してほしいと思います。


(2)新春42連発暴走とまっぺんの論争についての総括

 戸田さんの掲示板が議員の掲示板としてはユニークであり、有用性を持っている事は認めるものです。しかし、その管理運営において戸田さんは、掲示板というものを、自分だけの独裁によって自己完結する孤立した空間と考えていらっしゃる。ネット空間はバーチャル空間と言っていいでしょう。戸田さんがマッチョな暴君を演じているように、私もネット上では「赤色土竜党書記長」などというエラそうな肩書きをデッチあげて名乗っております。しかし、そうだからといってネット上での発言や管理に責任がないわけではありません。管理人はその管理に独裁的権限を持っています。しかし、同時にその独裁執行には責任が伴う事も忘れてはなりません。管理権は他者に対してだけではなく自分に対しても執行されるのです。

 ホームページとは「個人の放送局」のようなものだと私は申しました。もしも戸田さんが、テレビ局をお持ちで、掲示板上でまっぺんに対して行ったのと同じ行為を、自分の放送局の対談番組でやったとしたらどうでしょう。それが門真市のお茶の間で放映されたら大変な事になるでしょう。市民から抗議の電話が殺到する事になるのではないでしょうか。インターネットも他の全てのメディアと同じように著作権もあり、また発言や行為には責任が伴うのです。戸田さんは掲示板上でのお互いの断絶によって事は済んだと思っていらっしゃる。しかし、まっぺんを侮辱し放逐したままでは、現実世界においても侮辱したと受け取らざるを得ません。それを「ネット上の事だけ」で済まされると考えているところに戸田さんのネットに対する不見識を見るものです。

 論争の過程においても奇妙なものが見られます。本来「井上氏への批判」なのに、何故まっぺんが答えなくてはならないのでしょうか? また、戸田さんが「自分の全てを理解し答えよ」と命令するなら、戸田さんも私の反論に応えなくてはならないはずです。その必要がないなら、「反論する積もりのない文書を書く事を命令した」事になる。何のために書かせたのでしょうか? また戸田さんは、私が反論を全部し終わる前に「異論を唱えるな」と命令し、「その命令に違反した」という理由によって私を排除したわけです。「全てに反論せよ」と言いながら、途中から「反論するな」と命令変更。もはや「まっぺんに徒労を強いただけ」であったのは事実と断言していいでしょう。こんな屈辱的行為をそのままにしておくのは、決して戸田さんのためにならないと思います。


(3)スパイ宮崎を尊敬する戸田さんの問題

 麻生さん、二冊のスパイ本をお読みになったそうで、お疲れさまでした。戸田さんが言われた「良い子はマネをするな」の中に、全てが言い尽くされている感があります。マネをするのは悪い子、マネをしないのは良い子。これはつまり「こどもはマネをしてはいけない」という事です。私は「市民を子供扱いするな」と批判しましたが、この問題の本質は民主主義、共和主義の否定にあります。特定の「選ばれた人物」は大衆には理解できないものを理解できる、したがってその人物には独断で決定する資格がある、という考え方です。特定の人物に大衆的承認もなく勝手に裏で取引する権利を認めるのは、民主主義者あるいは共和主義者のする行為ではありません。こうした立場はおそらく関生コミュニスト同志会の規約にも反するのではないでしょうか。

 この問題はまた新左翼運動の経験に根ざすものでもあります。当時の新左翼諸党派はみな「我こそが正しい」「我こそ明日の大衆運動を指導する唯一の党派である」と信じていました。信じるのはいい。しかし、その考えは問題を起こしていきました。「我が党は最も正しい党であるから、無知な大衆に替わって闘争を代行する権利がある。」という考えです。自分たちには無知な羊たちの群れを管理する特権がある、というわけです。だから自分に逆らう人々や党派は「反革命」であり「階級的敵である」という事になる。こうして党派の代行的支配や内ゲバが正当化されていく。宮崎問題の背景には、新左翼諸党派が通ってきた代行主義の困難と通底するものがあります。こうした、大衆を欺き大衆を私物化するような立場には絶対に立つべきではありません。

 新左翼諸党派の間では内ゲバだけでなく、論争のやり方などにおいても問題がありました。論争を、大衆にとってよりよい方法や認識を探るためではなく、ただ単に相手党派を論戦で打倒するための手段としてのみ捉える風潮です。そのため、相手の差別的発言や言い間違いをとらえて自己批判を迫ったり脅したりする「打撃主義」的論争です。戸田さんは私に膨大な自分の主張を全て読ませ、そして反論を書かせました。しかし私の反論にはいっさい答えず、ただその中の幾つかの言葉を捉えて「事実誤認」「デマ」として「自己批判」を迫る事しかしなかった。つまりこれは自己の優位を保つための戦術的手段としか論争というものを考えない、その意味ではまことに新左翼的打撃主義をそのまま受け継いだ方法論と言えるでしょう。


(4)同志的関係の再建のために

 私も戸田さんの井上氏への罵倒、及びまっぺんに代行的に答を求めた態度に対して、いささか感情的になった事を自己批判いたします。しかし戸田さんは今回の問題をどのように収める積もりなのでしょうか。戸田さんから始められた事でもあり、私は「自由・論争」掲示板からは追放されております。この問題を解決する鍵はすべて戸田さんが握っております。戸田さんに投げられたボールは今のところまだ返って来ていません。胸襟を開いて共に話し合おう、という提案にも、私は賛成すると答えておりますが、その後は何も反応がありません。別に急ぐわけではありません。選挙でお忙しいでしょうからそちらに専念していただくのは結構な事ですが、いずれお返事をお待ちしております。戦術主義を乗り越えて、より同志的な立場から真摯に回答下さる事を期待いたします。

 麻生さんのこの間のご苦労には頭が下がります。私のこの間の主張を認めてくださり、その上で、「論理におけるまっぺんの優位性」と「現実の運動における戸田さんの重要性」とを対置させ、そこで均衡をはかることで、両者の和解の道を探ろうという事でしょうか。しかし現実と遊離して存在する「論理」では決して説得力を持ち得ません。空論的論争もまた新左翼運動の弊害のひとつでしたが、私はそのような空論的「論理」には陥らないようにと常々自重しているつもりです。関西労働運動と門真市議会における戸田さんの重要性を尊重しますが、ネット空間における戸田さんの行為は現実問題にも直結するのだという事、また戸田さんの思考の傾向と宮崎問題とにも共通項を感じております。これをどのように解決してゆくのかは、関生コミュニスト同志会の皆様の問題であると考えます。

 戸田さんと私との問題に限って、戦術的な解決方法を提示するとすれば、そのひとつの方法は、戸田さんが1月に書いた42本の糾弾文書を全て「一時撤回」される事ではないでしょうか。主張の内容を取り下げよと言うのではありません。「投稿しなかった事にする」という事です。6年も経った今になって突然あのような形で糾弾文書を出すのは、やはり極めて不自然です。それがこの場では一時取り下げられるのであれば、まっぺんによるそれへの反論も必要がない事になり、したがって戸田さんによるまっぺんへの屈辱的排除などの行為も必要がなくなる事になります。いずれにしても、このままでは戸田さんのためにはならないと考えます。私の方からは以上のような提案しか思いつきません。それでは戸田さん。応援者のみなさん。選挙闘争を頑張ってください。