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##六〇年代――ドル危機の深化##

 六〇年代はその最初の年からドル危機の時代を刻印される。すでに述べた五八〜五九年の事態のなかで、アイゼンハワー大統領のもとにすでにバイ・アメリカン、ショップ・アメリカンの提唱によるドル防衛策がとられはじめていた。だが、五八年に二三億ドル、五九年に七億ドル、六〇年に一七億ドルとアメリカからの金の流出は激しく、ついに一九六〇年の夏から秋にかけて最初のゴールド・ラッシュがはじまった。十月にはロンドン金市場の自由金相場が、一オンス=四一・六ドルにまで暴騰した。そして六一年にはアメリカの金保有高一六九億ドルにたいして、諸外国のもつドル債権は二二五億ドルにものぼった。これ以後、ポンド危機、ドル危機をくり返し、それにたいするケネディ、ジョンソンのドル防衛策もアメリカからの金の流出を防ぐことができず、ついに六八年に金の二重価格制という形をとって事実上ドルと金との交換が停止され、さらに七一年のニクソンのドル防衛措置によって最終的にそれが確定されたのである。この六〇年代をとおして明らかにされたドル支配の破綻とは、アメリカ帝国主義が、その低下した経済力をもってしては、“世界支配のための費用”をまかなうことができなくなったことを示したものにほかならない。六〇年代の世界経済に占めるアメリカ帝国主義の地位の低下は著しいものであった。
 六〇年代の国際収支の赤字は、五〇年代(とくに五〇〜五七年)にくらべて大巾に悪化した。とくに六〇年代後半から七〇年代にかけてそれは危機的な水準に達している。これはいうまでもなく、アメリカが世界経済に供給したドルをもはや商品輸出や貿易外収入で回収しえなくなったことを示していた。
 たしかに六〇年代前半は、貿易収支の黒字もまだ一定の水準を維持していたし、輸出もある程度伸びた。だがそれは一つには、政府対外援助による世界経済へのドルの供給によって支えられたのである。とくにアジア・アフリカ地域の植民地後進国へのドル援助は多くの場合“ひもつき”援助であり、六〇年代をとおしてそれらの地域との貿易収支黒字が大きな比重を占めてきた。そして政府借款と贈与、軍事支出を含む政府対外ドル支出は、五〇〜五七年の年平均四八億ドルから六〇〜六四年は六一億ドルに達し、さらにベトナム反革命戦争への介入以後は年平均約八〇億ドルにものぼっている。
 この段階でアメリカの輸出を支えてきたもう一つの要因は、六〇年代に入って急増した民間資本の流出であった。ヨーロッパその他の海外へ流出した民間資本をもって、アメリカの資本財が大量に購入(アメリカから輸出)されたのである。だが六〇年代後半から七〇年代にかけては、逆にこの民間直接投資をとおして活発化した「多国籍企業」の現地販売の増加やアメリカ本国への逆輸出によって、アメリカの国際収支は圧迫されはじめたのである。
 六〇年代後半、とくにベトナムへの介入が始まった六五年以降急速に進展したインフレによって、アメリカ商品の輸出競争力は著しく減退し、輸入は急増した。その結果貿易収支の黒字は激減し、六〇〜六四年の平均五四億ドルにくらべて、六五〜七〇年平均h四億ドルにくらべて、六五〜七〇年平均はわずか半分の二七億トルまで減少してしまった。とくに六八年、六九年の貿易収支の黒字はわずか六億ドルで、七一年に二一億ドルの黒字を回復するが七一年(ママ)にはついに今世紀に入って初めての赤字を記録した。アメリカが貿易収支で赤字を出したのは一八九三年以来のことである。
 ともかくこのようにして、それまではアメリカの岡姉輸出の増加を支えてきた政府対外ドル支出は、六〇年後以降増大したにもかかわらず、輸出の大巾な減退によってそれを回収しえなくなったりそのため流出したドルはマメリカには還流せず日本やEEC諸国に滞留し、対外ドル債務を累積させる結果になった。
 ところでこのようなアメリカの世界経済のなかにしめる地位の低下と今日の保護主義の性格、および先進工業諸国間における貿易摩擦の激化について把握するためには、世界貿易構造の変化を地域別・商品別の変化として考察してみることか必要である。
 周知のように戦後の世界貿易は先進国間貿易の増大によって特徴づけられる。五〇年代六〇年代をつうじて先進諸国は対先進国向け輸出比率を高め、五五年の五〇%から七〇年には六二%にまで高まっている。それは同時に、商品別にみた世界貿易における工業製品の比重の増大に対応している。第二次大戦前は世界貿易に占める工業製品の比重は四〇〜四五%であった。それが五〇年代には半分をこえ七〇年には六五%をしめている。このうち先進国が工業製品輸出において九〇%以上を占めており、さらにそのほとんどが対先進国向けであり、その輸出比率は五〇年の五六%から六九年には七三%へ高まっている。
 つまり先進国間貿易の拡大は、工業製品貿易の比重の増大に対応していたことが明らかである。いいかえれば、その過程は戦後の先進工業諸国における産業構造の重化学工業化の進展を反映したものてある。またそれによって先進国間の相互依存関係が深められると同時に産業構造の同質化が進められてきたのであり、今日における同種工業製品 #の競合関係の増大としてあらわれているのである。#
 このようななかでアメリカは世界貿易におけるシェアを低下させてきたのであるが、それを商品別にみた場合どのような構造を示しているのであろうか。

第三表 輸出の各国(地域)シェアと各国の伸び率     単位:%

               

1938

1948

1950

1955

1960

1965

1970

年平均伸び率

1950-60

1960-70
世界(資本主義国)

 先進国
 低開発国
アメリカ
カナダ
(EEC)
フランス
西ドイツ
イタリア
(EFTA)
イギリス
日本
オーストラリア・ニュージーランド
ラテンアメリカ低開発地域
アフリカ低開発地域
アジア低開発地域
 西アジア
 東南アジア

(21.100)
100.0
72.0
28.0
14.5
4.1
20.7
4.2
n.a.
2.6
19.7
11.4
5.3
3.5
8.1
4.1
14.1
1.6
12.6

(53.800)
100.0
68.2
31.8
23.3
5.8
12.4
3.9
1.4
2.0
17.8
11.7
0.5
4.0
12.1
5.6
12.1
2.4
9.7

(56.130)
100.0
66.3
33.7
18.1
5.2
166
5.4
3.5
2.2
17.3
10.8
1.5
3.8
11.8
5.5
14.6
3.2
11.5

(84.400)
100.0
71.9
28.1
18.3
5.2
22.4
6.0
7.7
2.2
16.6
9.8
2.4
2.9
9.4
5.2
11.7
3.6
8.1

(113.000)
100.0
75.8
24.2
18.1
4.9
26.3
6.1
10.1
3.2
16.4
9.0
3.6
2.4
7.6
4.7
10.5
3.8
6.8

(164.700)
100.0
77.9
22.1
16.5
4.9
29.1
6.1
10.9
4.4
15.9
8.0
5.1
2.3
6.7
4.6
9.6
4.0
5.7

(278.900)
100.0
80.3
19.7
15.3
5.8
31.7
6.4
12.3
4.7
14.7
6.9
6.9
2.0
5.4
4.5
8.8
3.7
5.1


7.2
8.6
3.7
7.2
7.1
1.3
8.4
19.2
11.7
6.7
5.2
17.3
2.4
2.6
5.5
3.7
9.1
1.7


9.4
10.1
7.2
7.6
11.3
11.5
10.0
11.6
13.7
8.2
6.6
16.9
7.4
5.4
8.9
7.5
9.3
6.3

UN. Yearbook. 1969, p. 13-19, および UN, Handbook, 1972. p. 2-9より作成。
( )内は資本主義国の輸出総額、単位100万ドル     (楊井、石崎編 前掲書 p.181)

第四表 輸出入構成

                   

1946―49
(年平均)

1950―54
(年平均)

1955―60
(年平均)

輸出総額
農産物1)
工業用原材料(除、農産物)
資本財
 うち、電気・エレクトロニクス機械・部品2)
機械部品(除、電気)
 民間航空機・部品
 その他運輸機器
自動車・部品
消費財3)
軍需品
その他

輸入総額
農産物4)
工業用原材料(除、農産物)
 うち、製鋼原材料および鉄鋼製品
資本財
自動車・部品
消費財3)
 うち、耐久消費財
その他

百万ドル
12,459
3,598
3,898
2,512
277
1,708
56
471
855
1,093
210
294


100.0
28.9
31.3
20.2
2.2
13.7
0.4
3.8
6.9
8.8
1.7
2.2

百万ドル
14,281
3,292
3,924
1,666
343
2,096
60
165
1,012
1,032
2,068
290


100.0
23.1
27.5
18.7
2.4
14.7
0.4
1.2
7.1
7.2
14.5
1.9

百万ドル
18,610
4,129
5,698
4,379
592
3,109
471
206
1,266
1,300
1,414
426


100.0
22.2
30.6
23.5
3.2
16.7
2.5
1.1
6.8
7.0
7.6
2.3

6,186
2,514
3,053
130
74
15
426
169
105

100.0
40.6
49.3
2.1
1.2
0.2
6.9
2.7
1.8

10,438
3,929
5,408
497
190
45
685
344
184

100.0
37.6
51.8
4.8
1.8
0.4
6.5
3.3
1.9

13,676
3,925
6,924
842
439
434
1,344
683
611

100.0
28.7
50.6
6.2
3.2
3.2
9.8
5.0
4.5

ハハ6,273 ハハ3,843 ハハ4,934

U.S. Department of Commerce, U.S. Exports and Imports 1923―1968, 1970.
1) 食糧、飼料、飲料に工業用原材料としての農産物を含めた。p6―32より作成。
2) 家庭用電気製品を除く。
3) 食糧と自動車を除く。
4) 輸出のばあいとほぼ同様だが、分類方法が異なるため厳密には対応しない。
(楊井、石崎編 前掲書、p44)

 アメリカは戦争直後には、その圧倒力を背景に、戦前水準を上回る輸出シェアをもっていたが、その後EECと日本の輸出が拡大する過程で次第にその世界貿易における地位が低下し、その輸出シェアは一九四七年の二三%から、五五年一八%、七〇年には一五%へ低下した。(表三)それにたいしてEECは、一九五五年の二二・四%から六〇年には二六・三%へ、六五年には二九・一%にまで上昇している。(表三)
 このアメリカのシェアの低下を表四によって商品別にみると、五〇年代は工業用原材料で赤字を出しているものの、資本財・耐久消費財を含む工業製品で貿易収支黒宇の九八%を占め、圧倒的に黒字要因をなしている。

  ところが六〇年代になると鉄鋼・鉄鋼製品を含む工業用原材料の赤字が一層増大し、さらに自動車・部品も赤字に転化し、耐久消費財を含む消費財の赤字が大巾に増えている。それをカバーしてきたのは、知識集約度の高い電気機械、エレクトロニクス機械・部品などの資本財と民間航空機・部品の輸出の増大であった。とくに六〇年代においては自動車・部品、および耐久消費財の輸入の増加が顕著である。
 図1でみても一九五五年当時のアメリカは、航空機、事務用機器、通信機器といった知識集約度の最も高い分野だけでなく、一般機械、電気機械、輸送機械、化学品においても絶対的な優位を示し、これらの分野における五七・六億ドルの黒字は、日本、イギリス、西ドイツ三ヵ国の合計五七・七億ドルに匹敵していた。ところが六九年になると、知認集約度の高い分野ではあいかわらず優位にあるが、中位技術分野の製品では上記三カ国のどの国をも下回るところまで低下してしまっている。
 このようにしてみるとアメリカの貿易面での地位の低下は、中位技術分野の商品での国際競争力の低下によってもたらされていることが明白である。
 六〇年代前半には貿易収支の黒字を若干改善しているのであるが、それは表五からも明らかなとおり、農産物輸出の改善と資本財の輸出の大中な伸びによっていたことがわかる。ところが六〇年代後半になると、それまで自動車・部品や鉄鋼、耐久消費財等の赤字をカバーしてきた資本財の輸出が、それら中位技術分野の商品の赤字増大をカバーしきれなくなってきたのである。六〇年代後半になると資本財の輸入もかなり伸びてきている。これは結局、アメリカの軍需生産と結びついた技術開発が戦後の工業製品市場を拡大してきたものの、中位の技術分野に関してはすでに民間投資等と結びついて日本やEC諸国に伝播され、そこでの技術革新を促進してきたのであり、その分野での技術格差は大巾に縮少してきたことを物語っている。それにたいして賃金格差の方はアメリカにおけるインフレの進行と結びついて、技術格差の縮少ほどには縮まらなかったために、アメリカの輸出競争力を低下させてしまったのである。
 軍需と結びついた宇宙、原子力などの技術の最先端分野に関して、アメリカ政府が投入した研究開発費はOECD一〇ヵ国の九二・八%の比重を占め圧倒的優位にある。ところがこれらの分野の商品がアメリカの総輸出に占めるシェアは宇宙関係の〇・四%、原子力関係の〇・二%と極めて小さい。また航空機、電子計算機のような知識集約度の最も高い分野の輸出をみても、OECD一〇ヵ国の製造工業品(食料品を除く)の輸出に占めるそのシェアは、六一年で八・八%、六九年でも一一・三%にすぎない。このように宇宙・原子力のような最先端分野、航空機、電子計算機、精密機械のような知識集約度の高い分野では、あいかわらず圧倒的優位を保っているが、中位技術分野の競争力の低下をカバーすることができないでいる。


第五表 輸出入構成

                     

1955―1960
(年平均)

1961―1965
(年平均)

1966―1968
(年平均)

1969―1971
(年平均)

1966―1971
(年平均)
輸出総額
 農産物
 工業用原材料(除、農産物)1)
 資本財
  うち、電気・エレクトロニクス機械・部品2)
 機械部品(除、電気)
  民間航空機・部品
 自動車・部品
 消費財3)
 軍需品
 その他

輸入総額
 農産物
 工業用原材料(除、農産物)4)
  うち、鉄鋼製品
 資本財
 自動車・部品
 消費財3)
  うち、耐久消費財
 その他

百万ドル
18,610
4,129
5,698
4,379
592
3,109
471
1,266
1,300
1,414
426


100.0
22.2
30.6
23.5
3.2
16.7
2.5
6.8
7.0
7.6
2.3

百万ドル
24,062
5,698
6,715
6,892
1,035
4,699
985
1,523
1,601
1,000
633


100.0
23.7
27.9
28.6
4.3
19.5
4.1
6.3
6.7
4.2
2.6

百万ドル
32,229
6,583
8,713
9,959
1,421
6,674
1,722
2,864
2,160
1,154
797


100.0
20.4
27.0
30.0
4.4
20.7
5.3
8.9
6.7
3.6
2.5

百万ドル
41,789
7,077
11,199
13,941
2,014
9,034
2,724
3,982
2,714
1,500
1,376


100.0
16.9
26.8
33.4
4.8
21.6
6.5
9.5
6.5
3.6
3.3

百万ドル
37,009
6,830
9,956
11,950
1,718
7,854
2,231
3,432
2,437
1,327
1,087


100.0
18.5
26.9
32.3
4.6
21.2
6.0
9.2
6.6
3.6
2.9

13,676
3,925
6,924
842
439
434
1,344
683
611

100.0
28.7
50.6
6.2
3.2
3.2
9.8
5.0
4.5

17,737
4,331
8,522
1,294
954
639
2,511
1,319
780

100.0
24.4
48.0
7.3
5.4
3.6
14.2
7.4
4.4

28,578
5,488
12,023
2,235
2,433
2,946
4,500
2,366
1,189

100.0
19.2
42.1
8.1
8.5
10.3
15.7
8.3
4.2

40,532
7,280
14,052
3,047
3,729
6,366
7,577
4,095
1,486

100.0
18.0
34.7
7.5
9.2
15.7
18.7
10.1
3.7

43,555
6,384
13,038
2,686
3,081
4,656
6,039
3,230
1,337

100.0
18.5
37.7
7.8
8.9
13.5
17.5
9.3
3.9

ハハ4,934 ハハ6,325 ハハ3,651 ハハ1,257 ハハ2,454

U.S. Dept of Commerce. U.S. Exports and Imports 1923-1968. 1790. p. 6―32 ;SCB. June 1972より。
1) SCBの工業用原材料の分類項目から農産物のうち食糧、飼料、飲料を差引いた額を除いたもの。
2) 家庭用電気製品を除く。
3) 食料と自動車を除く。
4) SCBの工業用原材料の分類項目から繊維原材料、タバコを除いたもの。     (楊井、石崎編 前掲書 p.115

 このEC、日本による中位技術分野における追い上げを表五をとおしてみてみると、つぎのような傾向を指摘できる。対EEC、日本ともにアリカの黒字項目は一次産品と乗用車を除く機械類(電気機械、一般機械)および化学品であり、その黒字中は増加傾向にある。他方赤字項目は乗用車、鉄鋼、その他製品(主として軽工業品)であり、その赤字中は増加傾向にある。全商品でみて一次産品は大中な黒字を保っているが、工業製品では赤字であり、その赤字中は対EEC、日本とも増大している。とくに六九年になると日本との関係では電気・電子機械、非電気機械などの機械類でもアメリカは赤字に転化している。
 この過程は、六〇年代初めにアメリカの対EEC貿易の黒字が二一・九億ドルであったのが六〇年代末には一三・二億ドルへと大巾に縮少し、また対日貿易収支においても六〇年代半ばからは赤字に転化し、赤字巾が激増してきているのに対応している。こうしてアメリカの対先進国貿易収支は大巾に悪化し、五〇年代の四五・二億ドルが六〇年代末には実に二・六億ドルへと激減してしまっている。その主要因は対EEC貿易収支黒字の縮少と対日貿易収支の赤字への転化にあるとみることができる。

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