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##三、カーターの世界戦略とアメリア経済##

@カーターと世界戦略は、すでにグアム・ドクトリン以降アメリカ帝国主義によって着手されてきたポスト・ベトナムの世界軍事戦略の一環であり、それの一層の純化されたものにほかならない。
 ニクソン政権のもとで着手されたグアム・ドクトリンは、アメリカ帝国主義のベトナム・インドシナにおける敗北とドル危機の深化の中で、アメリカの軍事、政治、経済的な力量の後退に対処しようとする「ポスト・ベトナム」の世界軍事戦略であった。
 その内容は第一に労働者国家中国を米中平和共存にむけて獲得し労働者国家官僚の抑止力に依存することによって軍事的後退をカバーすること、第二に、同盟諸国の土着支配勢力の軍事的役割りを強化して「局地的」均衡を実現し、アメリカ帝国主義の直接的な反革命軍事介入の体制を「戦術的」に後退させること、そして第三に、そのうえでアメリカの軍事的役割を、ソ連にむけた戦略的対決に限定しようとすることを基本としたものであった。在韓米地上軍の撤退方針と、戦略核戦力をめぐるソ連とSALT交渉は、まさにその具体化であった。
 これは、一面では明らかにアメリカ経済にとって負担となった帝国主義的世界支配のための国際的財政支出と軍事的負担をできるだけ軽減しより一層効率的に再編し直そうとするものであると同時に他面では、ベトナム反革命戦争を境にして大きく後退したソ連とのあいだの戦略戦力の優位を回復するために、旧来の戦略兵器体系によってではなく、七〇年代以降の新兵器体系開発の成果を基礎にしてこの再編を実現しようとするものである。
Aだがこれは絶対的に矛盾したものでありアメリカ帝国主義の今日の危機の本質を体現するものでしかない。
 大統領選にむけた公約としては、カーターは五〇〜七〇億ドルの軍事予算の削減を主張したにもかかわらず、大統領就任後のフォード予算案の修正においては、それは二五〇億ドルの所得税減税の公約とともに消えてしまっていた。「対ソ戦略戦力のこれ以上の後退をくいとめるためには軍事費の大幅削減などおよそ不可能」であったし、それがアメリカ経済のインフレを促進する重大な要因として、したがってまたドル不足の要因として、アメリカ経済にとっての負担となりつづけているのである。しかしそれにもかかわらずアメリカ帝国主義経済はこの矛盾とジレンマをかかえたまま、原子力や宇宙・航空産業といった最先端分野への技術開発投資を利潤に変えようとする多国籍企業=アメリカの中核企業群の要請に従って、カーター戦略を展開せざるをえない。
Bアメリカの一九七八年度修正予算に示された軍事予算にみられるカーターの特徴は、旧来の兵器体系によってではなく、新しく開発されつつある兵器体系によって対ソ戦略戦力の回復をはかろうとする点にある。
 「フォード予算案に対するカーター修正案の主ある特徴は次の点にある。第一にフォードがその緊急性を強調してその予算案のいわば目玉商品とした三大戦略核兵器の開発および調達、すなわち@(現有ミニットマンU型に代る)新型―CBM(MX)の開発、A次期戦略爆撃機B1 (現有B52に代る新型戦略爆撃機)の本格的生産開発――のうち、MXについては開発費を削減(これはのちに復活)。B1については七八会計年度調達機種を八機から五機に減らし、さらにミニットマンV型―CBM調達数を減らし、原子力空母ミニッツ建造予算を削るなど明白に従来のいわば(大鑑巨砲)主義的軍備増強にストップをかけたことである。第二は以上とは裏腹に新世代の戦略兵器たる巡航ミサイルの開発続行を承認し――極秘裏に予算に計上されていた中性子爆弾とともに――これらを戦略戦力の柱にすえる方向を打ち出したことである」(「第四インターナショナル」誌26「アメリカのポストベトナム世界戦略・神崎論文・p一四〇〜一四一)
 そしてこれを背景にしてカーターはソ連とのSALTU交渉に臨んでいったことはいうまでもない。そこでは「アメリカは、在来型の戦略戦力については現状に近い線(ソ連の量的優位)を容認しつつも、新世代兵器については圧倒的な対ソ優位を獲得しようとしているのである」(同右・一四四頁)
Cかかるカーターの世界軍事戦略は、同時に、今日のアメリカ経済の危機を中核企業群=多国籍企業の要請に従って克服しようとする方向と結びついている。
 帝国主義体制を維持、防衛するための軍事経済的負担の増大がいかにアメリカの国際収支を圧迫し、また軍事経済構造それ自身の重みによってアメリカ国民経済が圧し潰ぶされようとも、アメリカのコングロマリット企業集団は、軍需生産の水準を低下させることができない。それほど戦後のアメリカ経済は、軍需生産に依存する度合を途方もなく膨張させてしまっている。
 アメリカの軍事費は「平時」においてGNPの一〇%にもおよんでおり、国家予算の五〇〜六〇%を占めつづけてきた。一九七〇年でその額は約八〇〇億ドルで資本主義世界全体の七五%にのぼっている。それの生産構造への波及効果を考えるとさらに巨額なものになる。産業部門別にみた政府購入の生産額に占める比率は、航空機七八%、電子・通信六七%、電子部品三一%、器具四四%、造船七〇%等となっている。このうち航空機、電子通信、造船などの部門は軍需中心の部門である。
 そのうえ、六〇年代後半以降民需部門中心の諸産業がますます国防調達に依存する度合を高めてきている。一般的には国防調達に大きく依存している産業は航空機、ミサイル、エレクトロニクスなど高度技術を中心とする部門に集中しているといってよいが、アメリカの場合は、ベトナム反革命軍事介入をとおして一時期「先端兵器部門の占める比率が減少し、通常兵器部門が大きくクローズアップされた」といわれる。
Dだがこの国防調達への依存度を高めた民需産業部門をも動員しつつ、七〇年代に入ってとくに後半以降再び先端技術分野における企業再編と寡占体制の強化がすすめられてきている。
 そしてすでに明らかなように、鉄鋼、一般機械、電気機械、輸送機械といった中位技術の産業分野で、アメリカは国際競争力を著しく低下させていている。さらに、宇宙、原子力といった技術の最先端分野ではその高度な技術を民需産業の分野で生かし、それによって市場を拡大していく展望を見出せないでいる。そのことの結果、その最先端技術それ自身を産業化する方向として、軍需産業部門を最先端技術分野をになう中核企業群を軸に再編、強化するしかないのである。
Eかくしてアメリカ経済は、ますます「産軍複合体制」を強化し、多国籍企業化をとおしてその国際的拡大と組織化をすすめることで経済危機を克服しようと危険な試みをはじめている。従ってアメリカの工業製品輸出のなかで、“兵器輸出”の占める比重はより一層増大するだろう。
 「米系多国籍企業は、国内においては巨大中核企業として各産業分野の支配的地位にある。八〇年代における主導的分野を形成されるとみられる航空宇宙、エネルギー、情報通信などの産業では、すでに巨大中核企業による寡占支配体制が確立している。航空宇宙産業におけるマグダネル、ダグラス、ボーイング、ゼネラル、ダイナミックス、UTC、ロッキード。エネルギー産業では総合エネルギー企業をめざす多国籍石油資本、エクソン、原子メーカーではGE、ウエッテングハウス。そして情報通信業ではIBMが、それぞれ君臨している。これら企業集団は、モルガン集団、ロックフェラー集団およびシティ・コープ集団という、東部枢軸企業集団を構成する巨大中核企業群である」(エコノミスト、一月二日号六四頁)。
 七〇年代後半以降、このように先端技術産業に君臨する中核企業群を軸とした産業再編が進んだのであり、“兵器輪出”の増大とも結びついたのである。ロッキード事件、ガルフ石油事件、等々がこの時期に相ついで暴露されたことも、この企業再編と無関係ではない。
Fまた“兵器輸出”に関してみると、アメリカ国防総省の数字で一九五〇年から七二年までに、民間会社の商取引を除いて対外兵器売却は総額一九三億三、三七〇万ドルとされている。アメリカ民間会社の“兵器輪出”は、一九五〇年〜七九年で一〇二億三、七〇〇万ドルという。別の資料によると、一九六五〜七四年の十年間でアメリカの武器売却は約三一六億ドルともいう。さらに国防総省によると、一九七七年会計年度対外武器売却総額は一三二億ドルに達するものとされ、七八会計年度内には一三五億ドルをこえると予想されている。
 一九七七年五月にカーター大統領は、兵器売却抑制策を公表したにもかかわらず、その後の四ヶ月間だけで、カーター政権は一八ヶ国を相手に総額四一億ドル四五件の武器売却を議会に通告している。さらに一九七八年五月には議会で、総額四八億ドルの中東むけ戦闘機の売却を可決している。また同じ時期に開かれたNATO首脳会議では、一〇〇〇億ドルにのぼる長期防衛計画が採択され、NATO軍における武器および装備の“標準化”(同一の製法による同種兵器を二ないしそれ以上の国家が採用すること)がすすめられようとしている。
 このような装備標準化は、同時に兵器メーカー、とりわけ航空宇宙産業にとって市場の規模拡大をもたらすのであり、多国籍企はそれにむけて共同生産体制をとろうとしている。
G以上、要するにグアム・ドクトリン以降のアメリカ帝国主義の世界戦略は、六〇年代後半以降の政治的、軍事的、経済的力の後退に対処する方向での戦略の再編であったと同時に、それはアメリカ帝国主義が八〇年代にむけて再度相対的地位と主導権の回復をはかろうとすることにむけた戦略の展開でもある。
 すなわち工業生産力の競争力低下による貿易収支の大幅な赤字のつづくなかで、対外軍事経済援助を中心とした世界帝国主義体制の維持、防衛のための費用を、独力ではまかないきれなくなった。そこから同盟諸国の軍事力を動員することによってそれを補うとともに、アメリカの主力をソ連に対する戦略的核戦力の優位の回復にむけようとする基本方向が打ち出された。この戦略は経済的な面からいえば、「援助から貿易への転換」を企図する方向と結びついている。すなわち、一九五〇年代から六〇年代にかけては、その圧倒的な経済力と貿易収支の黒字を背景に、「援助」の形をとおして“兵器”や“農産物”が共与されていた。ところが六〇年代後半以降の工業生産物の競争力低下をカバーし貿易収支の赤字を縮少していくためには、「援助」「供与」を縮少するとともに、アメリカが依然として技術的優位と強大な競争力を保持している分野で世界市場競争に乗り出し、シェアを拡大しようとするしかない。「同盟諸国の軍事力の動員」はそのまま “兵器市場”の拡大という意味をもっているし、実際に無償供与による兵器譲渡の割合は低下し、“兵器売却”が増大している。「一九七〇年会計年度では、諸外国に譲渡された兵器と軍事関係サービスの総額三七億五、〇〇〇万ドルのうち無償供与分は約六五%であったが、一九七二年会計年度には、その年度の譲渡総額一五○億余ドルのうち無償供与分は一五%強であった」(アジアクオータリー、七八・一〇巻四号)この変化は“農産物”に関しても顕著である。また「戦略核戦力を中心とした対ソ優位の回復」が、国内における先端技術分野をになう中核企業群を軸とした産業再編と結びついていることも明白である。
Hこのようにアメリカ帝国主義は、明らかに八〇年代へむけて政治・軍事・経済的な世界戦略の再編をすすめつつある。
 ところでいうまでもなく、このような方向のなかにアメリカ帝国主義の展望があるということではなく、アメリカ経済の危機と世界経済の統一性の崩壊のもとで、それがどのような新たな矛盾と危機をはらんで展開されようとしているかを明らかにすることが必要なのである。
 その点で最も明白なのは、グアム・ドクトリン以降のこのアメリカ帝国主義の対ソ包囲網を軸とした世界軍事戦略体系の再編が、すでに各所で破綻を示しているということである。
 しかも特徴的なことは、この「米・ソ平和共存構造」を軸とした世界的二重権力構造が、六〇年代までの“現状維持的”“停滞的”局面と異なって、あたかも労働者国家ソ連の「攻勢」によってアメリカの軍事包囲網が突破されつつあるかのような、新たな局面へ入りつつあるということである。
 西ヨーロッパと北東アジアを拠点として防衛しつつ、米本土 ハワイASEANの防衛ラインと、インド洋――ペルシャ湾地域――米本士のラインとを結ぶ対ソ軍事包囲網は、アメリカにおいて、イラン――ペルシア湾において、そしてインドシナ半島において分断されさじめている。ベトナム カンボジア問題もこの全体的構造と脈絡の中で位置付けなければならない。
 もちろんモスクワ官僚の国際外交路線が変わったわけではないし、またこの新たな局面を決定的に切り開いたのは、ベトナム・インドシナ革命の勝利と前進にほかならない。しかし、同時に、アメリカ経済の危機と後退によってもたらされた帝国主義体制の衰退と動揺、なかんずく新植民地諸国経済の破綻と政治的・社会的危機の増大そのものが、六〇年代までの“現状維持的”“停滞的”な「米・ソ平和共存構造」を、世界革命の前進にとって客観的に有利な方向へ大きく転換させつつある。ベトナム・インドシナ革命によってつくり出され、七〇年代後半から顕著になってきたこの趨勢は、八〇年代の世界情勢を展望するうえで、極めて重要なファクターである。
 もちろんソ連・東欧圏における官僚体制下の経済的停滞と中国の工業建設の遅れを背景とした、スターリニスト官僚の反動的路線と中・ソ対立そのものがもたらす影響はそれだけ一層反動的な役割りを果しつつある。この点に関しては、ソ連・東欧圏の経済的矛盾と中・ソ対立の展望について明らかにしなければならないが、ここではふれることができない。
Iいずれにせよつぎの点は明白である。すなはち、第二次大戦直前にトロツキーは次のように述べた。「歴史的尺度でとらえるならば、世界帝国主義とソビエト連邦との対立は、個々の資本主義諸国を相互に敵対させる対立よりもはるかに一層深刻である」と。(だが、帝国主義によるドイツ、フランス、スペイン、中国の革命の絞殺を、スターリニスト官僚の日和見主義が手助けし、コミンテルンが重大な敗北をこうむったあとでは)「(ヨーロッパとアメリカの政府は)……現段階でのソ連を、原則的問題、資本主義が社会主義かという見地からではなくて、帝国主義列強の闘争におけるソビエト国家の当面の役割りという見地からあつかうことを余儀なくさせる」と。(戦争と第四インターナショナル)
 だが、第二次大戦がもたらした最も重要な政治的結果は、国際政治における諸関係が、アメリカとヨーロッパの対立からアメリカ帝国主義と労働者国家ソ連の対立へと変化したことにあった。そして今日、石油危機以後の世界経済の統一性の崩壊の中で、アメリカ、EC、日本の世界市場をめぐる競争が激化し、ブロック化への傾斜が強まるとしても、第二次大戦前の情勢とは逆に、アメリカ帝国主義と労働者国家ソ連との対抗構造と緊張の激化が前面に出てくるし、帝国主義列強の闘争がその伜をこえることはない。この点については、アメリカの経済力の後退と相対的地位の低下にもかかわらず、それにとって代わる経済力をもった帝国主義国、もしくはグループは他に存在しないとういことも重要な関連をもっている。たしかに通貨、貿易といった領域では、繊維、鉄鋼、機械等の工業製品での競争力の低下と貿易収支の悪化をもたらした。それがドル支配の崩壊と世界経済の構造的危機をもたらしていることは疑いない。だが、アメリカ帝国主義は、資源力、軍事力、金融力、先端技術に関しては依然として優位に立っている。そしていまや、アメリカ帝国主義はまさしくこれらを総動員して戦略的再編をはかろうとしているのである。
 かかる状況のもとで米・ソの対抗においても、右油・ウランをはじめとする資源問題、食糧問題が大きな比重を占めてきている。またこのような構造のなかで、帝国主義的工業諸国はその矛盾を対外的に転嫁する余裕を矢ない、それだけますます国内における階級的闘争を激化せざるをえない。すなわち経済危機のもとでの労働人民の生活防衛の闘争がストレートに権力闘争に飛躍し、その枠と衝突する度合がますます強まる構造が一九三〇年代以上に一般化しているのである。
 以上のような基礎のうえで、カーターの経済政策と密接に結びついた世界軍事戦略の再編は、ますますインフレを加速させる一方で失業を不可避に増大させ、典型的なスタグフレーションの状況をつくり出すしかない。つまりエレクトロニクス・ミサイル体系とでもいうべき、最先端技術を軸にした軍需産業の再編が経済におよぼす影響は、かつてのような大量生産の兵器(大砲、戦車、航空機。トラック、ジープ、艦船)の時代と異って、影気浮揚的効果を大きく喪失してしまっている。それは巨大株式会社や多国籍企業には莫大な利潤をもたらすかもしれないが、投資や雇用にはほとんど効果をもたらさない。それはただ、民需経済に対しては一方的な負担となり、インフレを昂進させるだけである。

##四、世界経済の危機の本質と現局面##

 以上、一九三○年代から第二次大戦前の局面との歴史的なちがいを明らかにすることに重点をおいて、今日の世界経済の構造的危機の特徴を明らかにしてきた。しかし、いうまでもなく今日のアメリカ経済が軍需産業だけを軸にして回転しているわけではなく、全体としての個人的消費や民間設備投資が全然伸びていないわけではない。むしろここ数年、それらはかなりの伸びを示してさえいる。資本主義経済は停滞と危機のなかにあるとはいえ、それは循環をくり返し一定の波を描くのであって、石油危機以後の四〜五年間にわたる世界経済の動向を、次に明らかにしなければならない。
@その特徴を列挙してみると――
(A) 七三年末の石油危機を契機として、すべての帝国主義的工業諸国が、ほとんど同時的に戦後最大の不況に落ちこんだ。同時的な景気後退は戦後はじめてであった。さらにこの不況は明白に過剰生産恐慌の特徴を示し、かつてない失業の増大を伴った。OECD十ヶ国で一五〇〇万をこえた。しかもただ一般的に生産の減少にともなう失業の増大というだけではなく、生産の減少よりも失業の増大が顕著であるという特徴を示した。さらにまた生産活動の削減と失業の増大のまっただ中で、インフレと物価上昇がつづいたのであった。
(B) 七五年の春から秋にかけてアメリカを先頭に一応不況から脱し回復に向かうが、それにもかかわらずアメリカを除くすべての主要工業国で三年連続の低成長がつづいている。その要因は、
(イ) 設備の過剰。
(ロ) 石油価格の高騰によるコスト高とインフレ圧力。
(ハ) 固定相場制の崩壊と国際収支の不均衡の拡大。
(ニ) 中進国の急速な工業化と工業製品市場への進出。等々、七〇年代のはじめ以降に生じた世界経済の構造的変化と条件変化のなかで、資本主義経済の矛盾が露呈してきているのである。
(C) 数年にわたる主要工業諸国の低成長の結果として世界貿易が縮少し、米・EC・日本の間の貿易摩擦の増大と保護主義の桁頭が顕著にすすんでいる。そしてECの新欧州通貨制度や日本の太平洋経済圏構想と円ブロックの形成の動きにみられるような、ドル離れの進行とブロック化への傾斜をとおして、ますます世界経済の統一性は崩壊している。
(D) 世界貿易の伸びの鈍化と保護主義が強まるなかで、「開発途上国」のなかの中進国を中心にして急速な工業化がすすみ、工業製品市場における競争がm層激化している。その結果、これら中進諸国の工業製品の流入によって、日本をはじめ主要工業諸国のすべてにおいて産業構造の再編にむけて拍車がかけられており、そこからさまざまの矛盾が集中的に出てきているのである。
 いいかえれば、重化学工業化を基礎に急速な発展をとげた戦後世界経済が、一方で国境の枠をこえた工業生産の国際的結合をつくり出しながら、他方で依然として数百の国境障壁によって寸断された資本主義的生産語関係のもとにあることによって柔盾が極点に達しつつあるということである。しかも多くの新植民地諸国経済を、巨大な歪みを残したまま工業化の嵐にまきこむことによって、世界経済の構造的矛盾は一層激烈なものとなりつつある。
A以上の点について簡単にみておくと次のようである。
 まず戦後の世界貿易をふりかえってみると、数量指数でみて一九五八―六三年は年平均で約七%、六三―六八年、六八―七三年はいずれと年平均で約九%の増加率を示しており、しかも常に世界生産高を上回ってきた。ところが石油危機後七五年は前年比三・八%の減少となり、七六年は回復したものの七七年は四%で世界鉱工業生産の増加率五%を下回っている。
 つまり、右油危機以後、世界貿易は世界鉱工業生産を下回るほどに伸びが鈍化し縮少している。その主因は先進国貿易の停滞にある。七三年と七七年を比較してみると、世界輸出額に占める先進国と「途上国」の比重は、後者が一九%から二六%へ上昇しているのに、先進国の輸出は七三%から六h%に低下している。その結果、六〇年代、車化学工業化を基礎にした先進国間の水平分業の発展の段階から、八○年代後半以降は再び先進同――新植民地諸国間の垂直分業型の貿易パターンが比重を高めてきている。
 いずれにせよ世界貿易は生産のテンポを下回って縮少し、それは先進国間貿易の停滞によってもたらされている。さらに、先進国間貿易の停滞の原因は、機械および輸送機械、繊維、鉄鋼などの在来型製品の輸出の減少によってもたらされている。
Bこのことは次のことを意味する。すなわち「重化学工業化を基礎にした高度成長の過程で、世界貿易は水平分業を発展させることによって一面では工業諸国間の相百依存を強めてきたが、反面では先進工業諸国の産業構造を同質化させる傾向をもたらした。アメリカ、EC、日本はそれぞれが、合繊、鉄鋼、自動車、家電製品から石油化学、航空機、コンピューター、原子力といった先端技術産業にいたるまでの諸産業を発展させている。したがって貿易面において相互に競合する度合がますます大きくなっている。
 そしてこれこそ過剰生産の矛盾とともに、資本主義の無政府性のもたらした一つの帰結にほかならない。今後世界経済全体が低成長を余儀なくされるなかで、輸入制限競争と保護主義的傾向が不可避的に増大せざるをえない根拠はまさにここにある」(「第四インターナショナル」誌26九三頁)
 かくして今日の帝国主義工業諸国間の競争と対立の激化は、個々の商品輸出や産業分野をめぐる貿易摩擦や衝突ではなく、資本主義の無政府性によってつくり出された、産業構造の同質化した性格そのものの衝突なのである。そのうえ西ドイツ、日本をはじめ工業生産の輸出比率が極端に増大し、生産額の半分以上が輸出される構造が定着しており、矛盾はますます激化する以外にない。
Cこのような状況の中に、中進諸国を先頭とした「途上国」の工業製品が、なぐりこみをかけてきているのである。
 「七八年度世界経済日書」によると、@七六年の工業製品輸出額が一〇億ドルをこえ、Aその増加率が六五―七六年の世界の工業品輸出増加率(年平均一六・七%)を上回っている国を「中進国」とし、@最近年次の工業輸出額が三億ドル以上にのぼり、Aその増加率の高い国を「準中進国」としている。「中進国」に入るのは、アジアでは韓国、台湾、香港、シンガポール、中南米でメキシコ、ブラジルの計六ヶ国。「凖中進国」はタイ、フィリッピン、マレーシタ、アルゼンチン、コロンビアの計五ヶ国である。
 この十一ヶ国の経済成長率は七〇〜七六年で年平均七・七%に達し、OECD諸国の三・一%をはるかに上回っている。
 発展途上国全体のOECD諸国向け工業品輸出額は、六五年の二八億ドルから七六年の三〇九億ドルへ、十一年間に十一倍(年平均二四・四%)に増大した。このなかで、中進六ヶ国の工業品輸出の伸びは七〇―七六年に年平均三二・六%にのぼり、先進国の一九・六%をはるかに凌駕している。
 とくに繊維・雑貨などの労働集約的工業品は「途上国」のシェアが著しく高い。繊維品では、世界全輸入の三〇%、日本の六〇%、アメリカの六九%が「途上国」製品である。
 さらに重要なのは、こうした軽工業品だけでなく、ラジオ、テレビ、カメラなどの「軽機械品」から、自動車、船舶、産業機械、重電機などの「重機械」の分野でも、これら中進国が激しく進出しはじめているということである。もちろんこれら諸国の「重機械」の全体に占めるシェアはまだ低いが、伸び率をみると、十年間平均五〇%という異常な高さを示している。
 ところが、このような工業化は「途上国」の場合ほとんどが自国経済の内的な均衡も発展も欠したまま“輸出”のみを目的とした極めて不正常な「工業の肥大化」としてすすめられてきている。それだけにこれらの工業品輸出のラッシュがもたらす世界貿易上の摩擦と競争は一層激化する。
 またそのような形の工業化は当然のこととして、資本から部品にいたるまでそのほとんどを先進国に依存しており、輸出を上回る輸入のたえざる増大によっく貿易収支の赤字と借款による債務の累積は途方もなく膨れ上り、新植民地諸国の経済を破産させつつある。
 他方で、これら「途上国」の工業化は、たしかに先進国諸国の資本財の輸出を促進する。その結果、先進工業諸国の「途上国」向けの資本財輸出をめぐる競争が激化し、七〇年代後半以降強まっている垂直分業をさらに推しすすめるだろう。
Dこのような背景のうえで、今日輸入制限競争の激化と保護主義の抬頭が進行しているのである。そして今日の保護主義は、一九世紀的な「幼稚園産業」の保護でも、二十世紀初頭の「独占保護関税」でもなく、まさにこれまで高度成長をけん引してきたが、すでに競争力を失ないはじめた重化学工業部門の基幹的大規模産業を中心とした「保護主義」の抬頭なのである。これは資本主義の根本的危機のもとで、過剰生産恐慌の矛盾が貿易面において表面化したもの以外のなにものでもない。
 かかる世界経済の構造的危機のもとで、さきにのべたカーター戦略にもとずくアメリカ帝国主義の政治的、軍事的な戦略展開が極めて危険な要素をはらみつつ展開されているのである。
E七六年春以降、四十数ケ国にわたって景気上昇をつづけてきたアメリカ経済も、インフレの加速と国際収支の大幅な赤字がつづくなかで、いつまでもドルの下落を放置できず、インフレ対策を中心としたドル防衛策を打ち出した、金融引締め(公定歩合の平年一%の引上げ―九・五%へ)を中心としたこのドル防衛策の影響は、七九年には確実にアメリカの経済成長を鈍化させる方向で作用しつつある。そしてアメリ力の景気拡大にひきずられて、ようやく拡大傾向をみせはじめた西ヨーロッパ諸国と日済の景気回復に、再び打撃を与えようとしている。
 アメリカの景気後退がどの程度のものになるかはまだ予測しえない。だが、アメリカの景気上昇の波及効果が、時間的な遅れと地域的な不均衡をもたらしたのとは逆に、景気後退と不況の影響は同時性をもって急速に波及するにちがいない。

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