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国際革命文庫  20

国際革命文庫編集委員会

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電子化:TAMO2

「なにを いかに学習すべきか」
――マルクス主義の基礎的理解のために 上巻――


C 家族・私有財産および国家の起源(エンゲルス)
     ―岩波文庫、国民文庫に収録―

1 エンゲルスの問題意識

 本書は一八八四年にエンゲルスによってロンドンで書きあげられた。それはマルクスがその厳しい闘いの生涯をとじた翌年である。マルクスはその死の直前、一八八一年五月から一八八二年二月まで原始共同体の問題の研究にたづきわり、モルガンの『古代社会』を読み、きわめて詳細な抜すいをつくっていた。エンゲルスはこれを用いて、「ルイス・H・モルガンの研究に付帯して」という副題をもつ「家族、私有財産および国家の起源」を書きあげたのである。だから一八八四年初版の序文でエンゲルスは、これは「ある程度まで遺言の執行をなすものである」と言っている。つまり、カール・マルクスが、「モルガンの研究の諸成果を、彼の唯物論的な歴史研究の結果とむすびつけて叙述し、それによってはじめてその全意義をあきらかにすることを、自分の仕事として予定していた」のである。
 エンゲルスのこの書は、マルクスのこの仕事をひきついだものであり、マルクス自身の抜すいも本書に再録されている。
 他方エンゲルスも一八八一年から一八八二年にかけて「ドイツ人の古代史」と、中世の「フランク時代」の家族制度と土地所有・共同体の問題について研究をおこなっていた。したがって本書は、マルクスとエンゲルスの共著ともいえるだろう。
 ところでこの「家族、私有財産および国家の起源」は従来、マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」や「フランスの内乱」等とともに、マルクス主義国家論の基礎文献として多く読まれるとともに、女性解放運動に階級的視点を与えるうえで大きな役割りを果してきた。
 だがこの書が読まれ学習されるとき、はたしてどこまでこの二つの軸が内的に統一されてとらえられてきただろうか。つまり、これを「国家論」として読む場合と「女性解放論」に理論的基礎を与えるものとして読まれる場合と、その軸が二元的に分裂させられて読まれてきたように思われる。たとえば「家族」の問題が「私有財産」との関係においてはそれなりに結びつけて読まれても、「国家」の問題とはどこまで本質的に関連づけて読まれてきたかということあるいは「国家」の問題の側面からする逆の場合もまた然りである。
 本書が、「家族」と「私有財産」と「国家」の各々の起源について並列的に論じているのでないことはいうまでもない。ところがいざこれが読まれるとなると、その内的結びつきは充分統一されてとらえられていないきらいがある。
 だから、いわゆるマルクス主義の側からさえ、(とくに構造改革派)マルクスの「ヘーゲル国法論の批判」とエンゲルスのこの書との「国家論」の内容のちがいを指摘して、エンゲルスを批判しようとする傾向が現にある。また、階級闘争において占める女性解放運動の位置づけについても、本書から没階級的な解釈をひき出している例がしばしば見られるのである。
 そしてこの原因は先に指摘した片手落ちな読み方によると思われる。
 ところで、本書を学習する際、その時代的背景を充分に深く知っておくことは、この書の場合特に重要である。
 まづ第一に、これが書かれた一八八〇年代というのは、一八七三年の「大不況期」をへて、資本主義が帝国主義段階に突入する時期にあたる。ちょうどこの時期、とくに一八八一年はじめ頃からマルクスは植民地諸民族の歴史と状態およびその発展に大きな関心を示し、G・マニの『ジャヴァ』(今日のインドネシアにあたる地名)や、フェアの『インドとセイロンにおけるアーリア族の村落』から多くの抜き書きをつくり、注釈をほどこしていた。さきにふれたようにモルガンの『古代史』を読んでノートをつくったのもこの時期である。これらの仕事はまた、この時期にマルクスが『資本論』第三巻におさめられた地代論の準備のために、ロシアの土地制度の歴史的解明を意図していたこととも深く関係している。というよりこのロシアにおける土地制度の歴史的解明そのものが、帝国主義段階における民族・植民地問題やそれと結びついた共同体、農業・土地問題についての新たな関心とアプローチから発していたのである。
 すなわち、この時期(すでに一八六〇年代以降)のマルクスとエンゲルスは、ヨーロッパとその対極に位置するアジアにおける農業・土地制度に注目しはじめていた。彼らは、資本主義の発展と波及がアジアにおける土地制度におよぼす影響が西ヨーロッパとは全くちがっていること、また後進地域の民族解放運動が先進資本主義諸国の社会革命を規定し制約しはじめてきている相互関連を鋭く把えはじめていたのである。
 この点は、全く同じ時期(一八八一年)にマルクスがロシアのべ・イ・ザスリッチに宛てた手紙の草稿からも明白に知ることができる。そこでは、ロシアの土地制度が西ヨーロッパとは全くちがった歴史的位置を占めている点が鋭く指摘されている。
 つまり、ロシアになお残っている農村共同体は西ヨーロッパにおけるように、私的小土地所有に一度解体され、その小土地所有を基礎にした農民層分解の中から資本主義が成長してくるといったコースをたどらないですむのだという点を強調しているのである。ロシアの農村共同体が「この恐るべき有為転変を経ずにすむことができるのは、それが(西ヨーロッパにおける)資本主義的生産と同時的に存在しているためである。」「ロシアは近代世界から孤立して生存しているのではない。それはまた東インドのように外国の征服者の餌食でもない。」
 だから――
 「ロシアでは諸種の事情の独特な結合のために、いまなお全国的な規模で厳存している農村共同体が、しだいにその原始的性格から離脱して、全国的な規模での集団的生産の要素として直接に発展しうる……」(M・E全集一九巻三八六〜三九一頁)
 そして、「モルガンが言っているように、……近代社会が指向している『新しい制度』は『原古』社会の型の、より高次な形態での復活となるであろう」(同上・同ページ)と、マルクスはロシアにおける共同体の宿命的な解体論に反対して、「ロシアの共同体を救うには、一つのロシア革命が必要である」こと。「もしも革命が適時に起こるならば、……農村共同体はまもなく、ロシア社会を再生させる要素として……発展するだろう」(同上・三九八ページ)ことを指摘している。
 また『共産党宣言』の一八九〇年のドイツ語版への序文の中でエンゲルスは次のように全く同じ見解を述べている。
 「ロシアの農村共同体は、すでに非常に分解しているけれどもやはり土地の原始的共有の一形態であるが、それは土地所有のより高度な共産主義的形態に直接に移行しうるであろうか? あるいは反対に、それは前もって西ヨーロッパの歴史的発展においておこなわれたのと同じ崩壊過程を通過しなければならないのだろうか?」
 「この問題にたいするこんにち可能な唯一の解答は、つぎのとおりである。もしもロシア革命が西ヨーロッパの労働者革命にたいする蜂火であって、その結果両者がたがいに補いあうならば、今日のロシアの土地共有は共産主義的発展の出発点として役立つであろう」(『宣言』)。
 一八九二年六月十八日のダニエルソンあてのエンゲルスの手紙の中ではこの可能性が次第に消えていることが指摘されているが。
 ともかくここには、後年トロツキーが『結果と展望』の中で試みたロシア資本主義の特殊性についての鋭い分析の方法と全く同じ方法の原型がある。その「複合的発展の法則」についてのそしてまた「世界革命=永久革命」としてのみこの時期のロシア―ヨーロッパ革命を予感していたマルクスの世界認識の基軸がある。
 このように、帝国主義段階をむかえたヨーロッパ世界(この段階ではすでにロシアの労働者階級をも含む)の革命のダイナミックスを理論的に基礎づけるために、マルクスとエンゲルスは、土地の原始的共有とそこにおける人間社会の構造とその歴史についての研究にむかっていたのである。
 だからこの書も、けっしてただたんに、彼らの唯物論的方法にもとづいて、人類の原始・古代史へと研究の成果が拡がっていったという点につきるものではないし、また「家族」とその歴史についてマルクス主義がどのような態度をとるかということを明らかにするためにのみ書かれたものでもない。この点で本書を学習する場合、これが書かれた時代的背景とマルクス・エンゲルスの問題意識がどこにあったのかを充分理解することが重要である。
 とくに今日のなお一層錯綜した帝国主義の末期にあって、われわれが直面している被抑圧民族の解放闘争、部落解放闘争、女性解放闘争等が全体としての階級闘争のなかにどのように位置づけられなければならないかということを明らかにしていくうえでも極めて重要である。

2 ヨーロッパ革命と国家論の実践的役割

 本書の時代的背景を理解する上で第二に重要な点は、当時のヨーロッパにおける労働者階級の闘いの発展が、国家の問題とくにその階級的本質を正しくとらえることが、焦眉の実践的課題となってきていたことである。
 この帝国主義段階への移行期は、同時にヨーロッパ諸国で単一の近代国家が最終的に形成・確立されていく時期でもあった。イタリアの国家統一が一八五九〜六一年、ドイツのそれが一八七一年である。
 しかもイギリスを中心とした資本主義の急速な発展とその帝国主義段階への突入という時期にあって、ヨーロッパにおける労働者階級の闘争は広範な拡がりと新たな高揚を示し、ドイツやイタリア、オーストリア等の諸国家はその形成の端初から労働者階級に対する暴力的支配の本質をむき出しにしていったのである。とくにドイツの国家統一(南ドイツ諸邦の統一 )は、ルイ・ボナパルトの仏第二帝制から南ドイツを「防衛」するという性格をもってその戦争[晋仏戦争]がはじまりながら、国家統一を実現すると同時にそのままアルザス・ロレーヌ地方の確保をめぐって侵略的性格を帯びていくという、帝国主義段階において遅れて国家統一をなしとげた「ドイツ帝国」の跛行性と国家の階級的ロジックを見事に示していた。
 このようななかで、ドイツの労働運動は急速な発展を示し、エンゲルスが『一八七七年のヨーロッパの労働者』で書いているように、ドイツの労働者階級は普通選挙権を見事に駆使して着実に政治の領域(議会)に進出し、成功をおさめていた。ビスマルクの「社会主義者鎮圧法」が出されるのはまさにこの時期(一八七七年)であり、ドイツの労働者階級はこれにたいする強力な闘いに立ちあがり、この闘いを通して巨大な成長をとげていく段階にあった。
 エンゲルスがこれを書いたのもビスマルクのこの「鎮圧法」に抗して、労働者階級をイデオロギー的に武装させるためであった。
 彼は一八八四年四月二六日のカウツキーに苑てた手紙の中で次のように書いている。
 「ひとつビスマルクをからかって、彼がどうしても禁止できないようなもの(モルガン)を書いてやろう……しかしどうしてもそうはいかない。一夫一婦制に関する章と……私有財産にかんする最終章とは、社会主義者法のもとでさしさわりがないようにはどうしても書けない」と。そして「よいもので必ず禁止されるもの」を書いたのである。
 ところがこうしたなかで、この労働者階級の闘争の矛先を鈍らせようとする小ブルジョアジーの日和見主義的な影響があらわれはじめていた。その一つはビスマルクが「鎮圧法」と並べて施行した「保護関税」と「鉄道の国有化」をドイツ的「社会主義」だとする馬鹿げた宣伝が流布されはじめていたことである。マルクスとエンゲルスは、これは「半絶対主義的なブルジョア国家を強化する役に立つだけであって、社会主義とは何のかかわりあいもない」ことをドイツの労働者に説明しなければならなかった。
 他方ではまたマルクスとエンゲルスは「べーベル、リープクネヒト、ブラッケへあてた回状」(一八七七年)の中でみられるように、社会民主党の議員団の中にあらわれた堕落と小ブルジョア的日和見主義との闘争を執拗につづけなければならなかった。「断固たる政治的反対ではなくて、全般的な和解、政府やブルジョアジーとの闘争ではなくて、彼らをくどき説きつけようとする試み……」
 「党は、なによりもまずブルジョアジーのあいだで精力的な宣伝をやらなければならない」とする党内の日和見主義的偏向(第二インターナショナルの修正主義と全く同様の)との厳しい闘争が展開されてい
った。
 さらに、一八七一年のパリ・コンミューンの偉大な経験とそのあとでのインターナショナル内部でのバクーニン派=無政府主義との「国家」の問題をめぐるし烈な闘争。
 このような事情のなかで、本書が、当時のヨーロッパにおける労働者階級を対国家との関係で教育し、イデオロギー的に武装させるという焦眉の実践的課題をになって書きあげられたということは明白である。

3 レーニンによるエンゲルスの防衛

 周知のようにレーニンは『国家と革命』で、カウツキー主義の日和見主義的な歪曲から、マルクス主義の革命的国家論を防衛するという仕事を、エンゲルスのこの『家族、私有財産および国家の起源』からの長い引用をもってはじめている。
 ところでレーニンがこのエンゲルスの引用をもってはじめているのは、なにもマルクス主義国家論をそのイロハから、教科書風に説きはじめようとしたからでは全くない。この点はさきでもふれたように、エンゲルスが本書を書くにあたってひきうけなければならなかった実践的課題および状況と、レーニンが力ウツキー主義者の歪曲と闘わなければならなかった状況と問題性が本質的に類似していることによるだろう。つまり、今日においてもくり返し、手を変え品を変えてあらわれてくるマルクス主義国家論の歪曲も、結局その一点にしぼられるような最も肝心な軸が、まず最初にとりあげられているのである。レーニンは『国家と革命』の中でエンゲルスを引用しながら次の点を指摘する。
 「エンゲルスは、あらゆる大革命が、われわれの前に実践的に、明瞭に、しかも大衆行動の規模で提起するほかならぬこの問題、すなわち武装した人間の『特殊な部隊』と『住民の自主的に行動する武装組織』との相互関係の問題を提起している」(P20)という鋭い指摘である。
 レーニンの『国家と革命』を読む場合でも、エンゲルスの本書が読まれる場合でも、これを読む多くの人が、この指摘が含む重要な意味を見落しがちである。
 たとえば構革派の諸君が好んで用いる「エンゲルス・レーニンの国家=暴力装置論の一面性」に対する批判においても、(彼らはこれに対置して、「近代に固有の政治的国家と市民社会の分離・二重化……」等々を「マルクス主義国家論」の真髄だと吹聴する)彼らは、「国家=暴力装置」としての事実そのものを否定しているわけではないし、否定しようともしない。
 ただ彼らにはどうしても理解できないのは、国家に特有な「監獄等を意のままにする武装した人間の特殊な部隊」を、「住民の自主的に行動すみ武装組織」との関係においてとらえきれないという点である。
 この「住民の自主的に行動する武装組織」については、国家の発生と、その発生の過程で「国家」というものが「特殊な武装した公的権力」としてたちあらわれることを理解する前提として、歴史的に「理解」するだけである。従って、この「住民の自主的に行動する武装組織」は、「国家」が発生する段階=古代にのみ限定して理解される。
 ところがエンゲルスが強調しレーニンが鋭くそれに注目している点は、まさしく、この「住民の自主的に行動する武装組織」が、今日の――いま、ここの――国家との関係においてとらえられているという、ほかならぬこの点である。エンゲルスは決して、国家の発生を歴史的に説明するためにのみ、この住民の「自主的な武装組織」にふれているわけではないのである。
 この点を理解しないことによって、国家の暴力装置としての側面を具体的にとらえることができないで、「市民社会とその疎外としての……市民社会における二重性の……」等々の抽象論に陥るのである。

4 曲解されたエンゲルスのテーゼ

 ところでこのような構革派的理解の誤りのうちにあるもう一つの欠落した点は、ほかならぬこの「国家」の問題を「家族」との関係においてとらえきれないことである。つまり彼らが近代ブルジョア社会における「政治的国家」を、マルクスの「ヘーゲル国法論批判」に依拠しつつ、「純粋な市民社会との関係においてとらえられる疎外の形態としての国家……」等々として解説しようとするやり方の背後にあるのは、帝国主義段階についての理解が全く欠落しているためである。この点もさきでふれたように、本書はまさしく、帝国主義段階をむかえつつあったマルクスとエンゲルスが世界を一つの複合性においてとらえようとする問題意識にもとづく研究の中から生まれたのである。従って、今日でも、この点をめぐって一つの問題が残されている。
 エンゲルスは本書の一八八四年の序文で次のように書いている。
 「ある特定の歴史的時代およびある特定の国土の人間の生活がいとなまれる社会的諸制度は二種類の生産によって、すなわち、一方では労働の、他方では家族の発展段階によって制約される」(P8)と。そして長い間、この点をめぐって、「唯物論」の解釈にかかわる論議がなされてきた。この点は解説(国民文庫版、村井康男・村田陽一訳)でもふれられている。
 すなわち、このエンゲルスの命題は一見すると「物質的生産の様式が社会発展の規定的要因だという、史的唯物論の周知の命題と矛盾するように見える」 (P251)ということで、まずクノー一派の修正主義者たちの側から、「唯物史観をまったくやぶったもの」としてはげしく論難されてきた――ということである。さらにまた、一九四一年にモスクワのマルクス=エンゲルス=レーニン研究所から出版された『マルクス=エンゲルス=アルヒーフ』第九巻の同研究所の序文では、このエンゲルスの命題についてつぎのように述べている。「この命題は明白な誤りである。なぜなら、家族は、社会発展を規定する原因として物質的生産と同列におきうるものではないからである。社会の発展、家族関係の形態を含めての社会生活のすべての側面の発展を規定する原因は、物質的生産の様式である」 (P251)と。
 これは明らかにスターリニストによる歪曲である。スターリニストが何故に「家族」の問題に関してこのような歪曲を行なわねばならなかったかについてはあとでふれることにして、要するに問題なのはエンゲルスのこの命題の真意がいまだに正しく把えられていないということである。
 このエンゲルスの命題についてはこれを正当に評価しようと試みる場合ですら、次のようなものである。
 「対偶家族から単婚家族への移行だけが社会的原動力によって、経済的要因によってもたらされたとエンゲルスは言っている」(P252)と。
 あるいはまた、エンゲルスのこの命題については、「一定の限定を付して読むことが」必要だとして、「エンゲルスは、『書かれた歴史』以前の社姿、つまり原始共産社会では、社会の諸制度が直接的には婚姻の発展段階―家族の諸形態―によって規定されていること、しかし家族の諸形態は物質的生産の発展水準に制約されるという関係を具体的に証明している」(畑田重夫著、原典選書「起源」青木書店P50)
 「このように、原始社会の秩序とは『家族の秩序』ですが、階級社会の秩序は、『所有の秩序』つまり私有財産によって把握されるというのがエンゲルスのとらえ方です」(同上)と。

5 「国家」と「家族」の関連を統一的に説明

 だがエンゲルスのこの命題は決して、人類の「前史」に限定されたものなのでは全くない。
 エンゲルスは明らかに、「家族、私有財産、国家」の相互に関連づけられた内的統一性について分析しているのである。極端に言えば、今日の「国家」が私有財産制度に基づく「家族制度」によっても支えられている構造を明らかにしているのである。
 なるほど近代ブルジョア社会は、ブルジョアジーの独裁によるプロレタリアートに対する支配――資本の賃労働に対する支配として成立している。
 だが帝国主義段階においてより鮮明になっていることは、この資本の支配は、前資本制的な諸要素によって補完されることなしには決して成立しはしないということである。とくに帝国主義段階の後進資本主義諸国において顕著なことは、国家を媒介にした資本の支配が、封建的・奴隷的・家父長的諸要素の一切を動員し、それをテコにして貫徹されているということである。
 最後の階級社会である資本主義社会において、資本の支配はかつて存在した歴史上のすべての支配と抑圧・差別の構造をフルに動員して、それをテコにして貫徹しているのである。この点の理解なしには、日本資本主義の分析も、天皇制国家の問題も、さらには被抑圧民族の解放闘争、被差別部落解放や女性解放の闘いを社会主義との関係で正しく位置づけることもできないだろう。
 従来のマルクス主義の公式的とらえ方では、封建的身分制社会の解体の次に、資本と賃労働の二大階級を土台とする近代市民社会が成立し、それがプロレタリアート独裁をへて、社会主義へ移行するという図式に単純化されてきた。もちろん大筋としてこれがまちがっているというのではなく、この背後には同時に、広い意味の血縁的集団ないし、現代では擬似血縁的集団を含む「家族制度の解体の歴史」があることも把えておかなければならないということである。原始共産制社会から奴隷制社会、封建制社会、資本主義社会をへて社会主義社会へ移行する人間の歴史は、同時に大きな血縁の紐帯により大きく制約された氏族制社会から、単婚家族制度への、そして「家族」制度の最終的解体の歴史として――これは階級社会の消滅=国家の消滅とともに消滅する――とらえられているのである。
 だからエンゲルスは本書で「家族」に関する章に最も多くのページをあてて(これは一八九一年の第四版でさらにつけ加えられた)いる。
 そしてエンゲルスはそこで、家族制度の歴史をたどりながら国家の成立を論じている。その際、「氏族制度」の最終的崩壊の中からそれと対立して「国家」が発生してくる過程と同時に「氏族制度」の崩壊が「単婚家族」へ移行していく過程との関連を統一したものとして説明している。
 「国家を形成しようとする最初の試みは、各氏族の成員を特権者と被冷遇者とに、そして後者をさらに二つの職業階級にわけ、こうして相対立させることによって氏族をひきさくことにある。」(P143)
 「この制度(=国家)は氏族制度に二重の攻撃をくわえた。第一に武装した人民の総体とはもはやそのまま一致しない公的権力をつくり出したことによって、第二に、はじめて人民を親族群によらず地域的共住によって、公的目的のために区分したことによって」(P148)
 そしてこの第二の点は次のことをも意味している。「家族内における男の事実上の支配がうちたてられるとともに、男の専制にたいする最後の障壁がたおれた。この専制は、母権の転覆、父権の採用、対偶婚から単婚への漸次的移行によって確認され永久化された。……個別家族が一つの勢力となって氏族に対抗しそれを脅威したのである」(P212)
 つまり、「完全な私的所有への移行は、漸次に、また対偶婚から単婚への移行と平行して、おこなわれる。個別家族が社会への経済単位になりはじめる」(P213)この過程が「国家」の成立と対応している点が強調されているのである。
 そして「文明」の段階を特徴づけながら次のように述べている。「……(四)支配的生産形態としての奴隷労働。文明に照応する、そして文明とともに決定的に支配するようになる家族形態は、単婚、女に対する男の支配、社会の経済的単位としての個別家族である。文明社会を統括するものは国家である」(P229)
 したがってまたエンゲルスは「原始社会では『家族の秩序』で、階級社会の秩序は『所有の秩序』」(前掲)だなどとは一言も言っていない!
 エンゲルスは、「この社会では家族の秩序はまったく所有の秩序によって支配され……」(P8)と言っている。これは、今日の家族が、血縁の紐帯によってではなく、搾取のための補完物にすぎない「所有の秩序」によって支配されていることを指摘しているのである。
 またマルクスは『資本論』第一巻七編の《資本制蓄積の一般的法則》 の個所で「労働者階級の絶えざる維持および再生産は資本の再生産のための恒常的条件である。資本家はこの条件の実現を、安心して、労働者の自己維持および生殖本能に委ねることができる」(長谷部訳・青木文庫(4)P894)と書いている。
 ここで資本が「安心」して委ねることができる「労働者の生殖本能」それ自体が、一定の歴史的人間関係をとおして実現されることは言うまでもない。
 つまり資本は、「家族」というもう一つの支配――被支配(男の女に対する、親の子に対する支配と抑圧の家父長的・奴隷制的支配)の構造によって裏側から支えられてきたのである。
 今日のこの近代ブルジョア社会において、ブルジョアイデオロギーを一つの物質的力に変える媒体として、この「家族制度」がどんなに大きな役割をはたしていることか――。
 これらの点について、とくにプロレタリアートの内部における「家族」の事実上の崩壊が何を意味しているか等についてはまた稿を改めて述べるしかない。
 ただエンゲルスの命題は今日においても全く正しいばかりでなく、あらためて再評価されてよいのである。

 (引用すべて「国民文庫版」。)
          (藤原次郎)


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