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なお、このテキストはTAMO2さんのご厚意により「国際共産趣味ネット」所蔵のデジタルテキストをHTML化したものであり、日本におけるその権利は大月書店にあります。現在、マルクス主義をはじめとする経済学の古典の文章は愛媛大学赤間道夫氏が主宰するDVP(Digital Volunteer Project)というボランティアによって精力的に電子化されており、TAMO2さんも当ボランティアのメンバーです。
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☆  三 〔賃金と通貨〕

 討論の二日目に、わがウェストン君は、彼のもとの主張に新しい形式をよそおわせた。彼はこう言った。貨幣賃金が全般的に上昇すれば、その結果、まえと同じ賃金を払うためには、まえより多くの通貨が必要になるであろう。通貨の流通額は不変なのに、どうして諸君は、この不変な通貨流通額で増加した貨幣賃金を払えるか? と。はじめは、困難は、労働者の貨幣賃金がふえたにもかかわらず、彼の手にはいる商品額は不変だということからおこったが、こんどの困難は、商品額は不変であるにもかかわらず、貨幣賃金がふえたということからおこる。諸君がもし彼のはじめのドグマ〔独断論〕をはねつけるなら、それにもとづく彼の苦情もむろんふっとんでしまう。
 しかし私は、この通貨問題なるものが、われわれの当面の主題とはなんの関係もないということを証明しよう。
 諸君の国では、支払機構は、ヨーロッパのほかのどんな国よりもずっと完備している。銀行制度の拡大と集中のおかげで、同額の価値を流通させたり、同額あるいはもっと大きな額の取引をしたりするのに必要な通貨は、ずっと少なくてすむ。たとえば賃金をとってみると、イギリスの工場労働者は、自分の賃金を毎週小売商人に払い、小売商人はこれを毎週銀行におくり、銀行はこれを毎週工場主にかえし、工場主はふたたびこれを自分の労働者に払い出す、などなどのぐあいになっている。こうしたしくみによって、ひとりの労働者の一年分の賃金たとえば五二ポンドを払うのに、毎週同じ循環をくりかえすソヴリン貨〔一ポンド金貨〕一枚ですますことができる。この機構は、イングランドにおいてさえ、スコットランドでみられるほどには完備していないし〔23〕、またどこへいっても同じ程度に完備しているわけではない。だから、たとえば一部の農業地域では、純工業地域にくらべてみると、ずっと少額の価値を流通させるのに、かえってずっと多量の通貨が必要とされている状態である。
 イギリス海峡をこえると、諸君は、貨幣賃金〔ヨーロッパ大陸の〕がイギリスよりもずっと低いこと、だがドイツ、イタリア、スイス、フランスでは、それを流通させるのにずっと多額の通貨がもちいられていることを知られるであろう。同じソヴリン貨が、イギリスのばあいほどすばやく銀行の手にキャッチされたり、産業資本家の手にかえされたりはしないであろう。したがって、ソヴリン貨一つが一年に五二ポンドを流通させるどころか、おそらくは25ポンドの金額の一年の賃金を流通させるのにソヴリン貨三つが必要とされるであろう。このように、大陸諸国とイギリスとをくらべてみると、低い貨幣賃金を流通させるのに、高い貨幣賃金を流通させるよりもずっと多量の通貨が必要なこともあること、またじつのところ、こんなことはわれわれの主題とはまったく無関係なたんなる技術的問題にすぎないことが、すぐにおわかりになるであろう。
 私の知っているもっとも正確な計算によると、この国の労働者階級の年所得は二億五〇〇〇万ポンドと見積もることができる。この莫大な額を流通させるのにもちいられているのは約三〇〇万ポンドである。賃金が五〇%上がると仮定してみよう。そうすると、三〇〇万ポンドの通貨でなく四五〇万ポンドの通貨が必要になるであろう。労働者の日々の出費の非常に多くの部分は銀貨と銅貨で、すなわち、金にたいする相対的価値が不換紙幣のそれと同じく法律によって任意に決められているたんなる補助貨で払われるのだから、貨幣賃金が五〇%上昇したために必要になるソヴリン貨の追加流通額は、極端なばあいでも、せいぜいたとえば一〇〇万どまりであろう。金地金または金貨のかたちで現在イングランド銀行や市中銀行の地下金庫にねている一〇〇万ポンドが流通させられるであろう。だが、この追加一〇〇万ポンドの鋳造や摩滅によって生じるあの微々たる出費〔24〕すらはぶくことができるだろうし、また通貨の追加の必要によってなにか困難なことがおこってくるなら実際にはぶかれもするであろう。諸君のどなたもご存じのとおり、この国の通貨は、大別して二部類に分かれている。その一種は、各種の銀行券からなり、業者間の取引と、消費者から業者への大口支払にもちいられており、一方、もう一種の通貨である金属鋳貨は、小売取引に流通している。この二種の通貨は性質を異にするものではあるが、代替しあってもちいられている。だから金貨は、大口支払のばあいでさえも、五ポンド未満のすべての端数の金額の支払用として非常にひろく流通している。もしあすにも四ポンド券なり三ポンド券なり二ポンド券〔25〕が発行されるならば、いまこれらの流通路をみたしている金貨は、たちどころにそこから追いだされて、貨幣賃金が増大したために金貨が必要になっている流通路に流れこむであろう。こうして、賃金が五〇%上昇したために必要になる追加の一〇〇万ポンドは、ただ一枚のソヴリン貨も追加せずに調達されるであろう。これと同じ効果は、ランカシァでかなり長いあいだそうだったように、ただ一枚の銀行券も増発せずに、手形の流通をふやすことでも達成されるであろう。
 もし賃金率の全般的上昇、たとえばウェストン君が農業賃金におこると仮定しているような一〇〇%の全般的上昇が生活必需品の価格の大騰貴をまねき、しかも彼の意見によれば、調達されるはずのない追加通貨額を必要にするものとすれば、賃金の全般的下落も、同じ規模で反対方向に同じ結果をまねくはずである。よろしい! 諸君のどなたもご存じのように、一八五八年から一八六〇年までは、綿業にとっていちばん景気のよかった年であり、ことに一八六〇年という年は、この点では商業史上他に類のない年であって、同時に他の産業部門もすべてたいへんな好況であった。綿業労働者やこの産業と関係のある他のすべての労働者の賃金は、一八六〇年には空前の高さを示していた。そこへアメリカの危機〔26〕がやってきて、この賃金の総額が突然もとの額の約四分の一に低下した。もしこれが反対の方向をとっていれば、四〇〇%の上昇となったであろう。もし賃金が五から二〇に上がれば、われわれは、賃金は三〇〇%〔27〕だけ上がったと言い、二〇から五に下がれば、賃金は七五%だけ下がったと言う。だが、まえのばあいの上昇額も、あとのばあいの低下額も、同じ額つまり一五シリングである。そうだとすると、これは、賃金率の空前の急変であり、それと同時にまた、もし直接綿業にたずさわっている労働者だけでなく間接にこれにたよっている労働者をも全部かぞえると、農業労働者数の一倍半の労働者に及ぶ急変であった。ところで小麦の価格は下がったか? それは、一八五八「六〇年の三年間の年平均一クォーターあたり四七シリング八ペンスから、一八六一「六三年の三年間の年平均一クォーターあたり五五シリング一〇ペンスに上がった。通貨はといえば、一八六〇年には造幣局で三三七万八一〇二ポンド〔28〕鋳造されたのにたいして、一八六一年には八六七万三二三二ポンド鋳造された。つまり、一八六一年には一八六〇年よりも五二九万五一三〇ポンドだけ多く鋳造されたのである。なるほど、銀行券の流通は、一八六一年には一八六〇年よりも一三一万九〇〇〇ポンド少なかった。これを差し引こう。それでもやはり一八六一年度には、好況の年である一八六〇年にくらべて三九七万六一三〇ポンド、すなわち約四〇〇万ポンドだけ通貨が余分である。だがイングランド銀行の金地金準備は、同じ時期に、まったく同じ割合でではないが、ほぼそれに近い割合でへっていたのである。
 一八六二年を一八四二年と比較してみよう。流通する商品の価値と数量が莫大にふえたことはべつとして、一八六二年には、イングランドとウェールズでの鉄道の株式や社債などに正規に払い込まれた資本だけでも三億二〇〇〇万ポンドにのぼった。これは、一八四二年だったら、うそのように思われたほどの金額である。それでもやはり、一八六二年と一八四二年との通貨の総額は、ほとんどほぼひとしかったのであって、一般に諸君は、商品の価値だけでなく金銭取引全般の価値がとてつもなくふえているのに、通貨はしだいにへっていく傾向にあることに気づかれるであろう。わがウェストン君の立場からすれば、これは不可解な謎(ナゾ)である。
 もしこの問題をややつっこんで考えたならば、彼にはつぎのことがわかったであろう。すなわち、賃金のことはまったくべつにしても、また賃金は不変だと仮定しても、流通させられる諸商品の価値と数量ならびに総じて決済される金銭取引の額は日々変動していること、銀行券の発行高は日々変動していること、なんら貨幣の媒介なしに、手形、小切手、帳簿上の信用貸し、手形交換所のたすけをかりておこなわれる支払の額は日々変動していること、現実の金属通貨が必要なばあいでも、流通している鋳貨と、銀行の地下金庫に準備してあったり、ねたりしている鋳貨および金地金との割合は、日々変動していること、国内流通が吸収する金地金の額と、国際流通のために国外におくられる金地金の額とは、日々変動していること、がわかったであろう。彼には、通貨が不変量だとする自分のドグマが、日常の動きとあいいれない、とんでもない誤りだということがわかったであろう。彼は、通貨の諸法則にかんする彼の誤った考えを賃上げ反対の証拠につかうかわりに、こんなにもたえず変化している諸事情に通貨が適応できるようにする諸法則を研究したことであろう。


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